act 1


時刻は二十一時。
サーカステントに集合するように言われたのは、サーカス団に捕らえられてから三日が経過した頃だった。
民間人を人質をとられ武器も奪われた状態では警備員達は迂闊に動くことが出来なかったのだ。
その間、何をするでもなく暮らし続けるには長いようで短かった時間であると言える。

サーカス団達に何の為に集まるのか問いかければ、皆一様に仮面に浮かんだような笑顔を浮かべて“演目を披露する”の一点張りであった。
ので、一番に到着したデルゼシータはこれから何が起こるのかも知らずはしゃいでおり、一人一人と集まってゆく仲間達に迎えの言葉をかけている。
「これではどちらがサーカス団かわかりませんね」とテオが冗談めかして言ったのを、アイザックが眺めていた。
怯えているジルと怯える振りをしているニュン、警戒しているマーシャが訪れれば、この場に集まっていない警備員はあと二人。
微かに明るい照明を見上げれば、虫が一匹、その蝶のようにも見える翅をしきりに動かしながら光に近付いては離れてを繰り返していた。


「皆様お集まり頂きありがとうございます。開演までしばしの間、お好きな席に座ってお待ちください。」

そのアナウンスはBlack widow団長である、ウィッチ・ゼロトリーの声だ。
席について待っていれば、気怠そうなミミクリーとまさに彼女をなんとか引っ張ってきたのであろうローレルが現れる。
マーシャが席に座るように促せば、ミミクリーはそっぽを向きながらも従った。
クローン達のいつも通りの喧騒が戻ってきたと言える。
そうして全員がアナウンスに耳を傾ける。

「これより始まりますは、我がサーカスの大目玉。
人が壊し!……壊される姿のなんと美しいことか。
皆様に体験して頂くのは、人と人の命のやり取り。すなわち殺人ショーでございます」

彼女の言葉に観客席の雰囲気は一転する。

ある者は呆然として声が出ず、ある者は騒ぎたてる。
まだ少しの幼さを残した声は高揚した様子をありありと伝え、どこまでも真っ直ぐでいて、歪んでいた。
まるで嘘を言っている様子がない。その突拍子もない言葉は妙に現実味を帯びている。
「さ、殺人ショー!?どういうことだ?ボクそんなの聞いてないぞ!!」
そう一際大きく声を上げたのはミミクリーだった。

「そりゃあそうでしょう、今初めて申し上げましたから。
活きがよろしいですね、レディ・ヴァンピール。貴方にしましょう!彼女をステージへ!」

愉快そうな魔女の声。
そこでガタン、という物音と共に、突如照明が消えた。
かつ、かつと近寄る足音は、この場にいなかったサーカス団員のものだろう。

突如、ミミクリーの足が浮く。サーカス団の仕業だろう。誰かに、持ち上げられている。
助けを求めようと口を開けば塞がれた。呻き声を上げながら力いっぱい抵抗しても、ろくに訓練も受けていないミミクリーの力ではびくともしなかった。
少し歩いた後、ミミクリーの体は床に叩きつけられた。
冷たい床の上で真っ暗闇の中。
誰かいないかと辺りを見回せば、虎の青い目が、ぎらりと光ったのだ。

思わず息を飲んだミミクリーにスポットが当たる。それは、サーカス団が語った殺人ショーの舞台に自分が入ってしまった事を意味する。
あれほど焦がれていた光は、最悪の形で彼女に降り注いだ。
ステージの上で狼狽えるミミクリーの姿はさぞや滑稽に映るのだろう。
くすくす聞こえた笑い声に耳を塞ぎたくなる。
追い詰められた果ての幻聴であるのかどうかすら、もはや区別がつかない。


「彼は勇敢な調教師、彼の手にかかれば獰猛な猛獣さえこの通り。今夜は哀れな蝙蝠をどう調理するのか、全ては彼の気分次第……」
ゼロトリーが歌うように告げれば、それに合わせて白虎と、そのすぐ側に立つもう一人の人物にスポットが当たる。
スポットライトの下の彼はその光に慣れているのか、眩そうに目を細める事もせず、胸に手を当てお辞儀をした。
「最初から猛獣ショーなんて随分と贅沢なプログラムだね。今日の晩御飯はお前?」
シュルは調教用の鞭をしならせ、床に叩きつける。それを合図としたのか、虎は観客席にその牙を見せつけるかのように大口を開けてみせた。
鋭く尖った犬歯が光を受け、箒星のような輝きが浮かぶ。
「………な、なんなんだよいきなり…………これって冗談だよな?
つまりそれって……それってさ、痛いってことだろ……?
楽に死ねるならまだいいとしてこんな猛獣に噛まれて終わるなんてボクは嫌だぞ!!
きっとこれってなにかの間違いだよな?」
ミミクリーは青ざめた表情でシュルにそう問いかける。あくまでも“痛い”のは嫌ということらしい。
しかし、彼から返されたのは嘲笑の言葉だった。
「あは、面白いこと言うね?フィアスに喰われるのに痛くないわけないじゃん」
白虎の毛並みを手櫛で整えながら、シュルはそう答えたのだ。

「ぎ…………コイツ…………!!どこまでもボクのことをおちょくりやがって……!!」
「一方的に嬲ってもショーとして面白くないでしょ。早くその無駄に大きな鎌を手に取って立ち上がりなよ」
シュルが指を指せばその方向にスポットが当たる。そこにはミミクリーが愛用していた大鎌が置かれていた。
「は…………鎌?」
ミミクリーは困惑しながらもライトに照らされた大鎌を手に取る。
貧弱な体では十分に持ち上げるのもままならないがなんとか持ち上げたと思うとそれを自分の身を守るかのようにギュッと握りしめた。
「武器を取ったね。なら俺達は平等だ、じゃあ行くよ。簡単に死なせてあげないから」




舞台裏ではデリックが舞台全体を明るく照らし、開演中の音楽をスピーカーから流し始めた。
彼が自分に向けて指で丸を作ったのを確認して、ゼロトリーはようやくマイクの電源を落とす。
薄ぼんやりと暗い瞳は、舞台の上とさらにその奥の観客席を見つめていた。
「剤を残して全員観客席の方へ。暴れて舞台を台無しにしようものなら気絶させても構わん、阻止するように。
舞台が終わったら帰ってきてええで」

「!は〜い!!お兄さんにお任せ……」
「こらこら〜舞台の方に聞こえちゃったらどうするの!」
「しーっだよ!しーっ」
元気よく返事をするP.N.Gの口を塞ぐレプスと、その真似をするタントに続き、残りのメンバー達も舞台裏を去ってゆく。

「シュルの事が心配ですか?」
舞台を眺めた剤がゼロトリーに問えば、彼女は「まさか」と不敵に笑った。





「くっ…………!!とぉっ!!」 

ミミクリーの全体重をかけ体ごと振り回した鎌は、フィアスの毛皮を裂きながら弧を描いた。
舞台の床を血で汚しながらフィアスが暴れ、呻き声を上げる。

フィアス!酷いねお前。こんなに可愛いフィアスに傷をつけるなんて」

シュルはその瞳に敵意を滲ませながらミミクリーを睨む。その姿はさながら獰猛な獣のようで、ミミクリーの背筋を冷たいものが走った。


「こんなことされたらもうゆっくり、なんて言ってられないね。全部ぐちゃぐちゃにしていいよ」

床を鞭でバシンと叩けばフィアスはミミクリーに向かって走り出し、彼女の右足に噛み付いた。


「くっ……う゛ぅ゛…………は、離せ……!離せよ!」

片脚をフィアスに噛み付かれたままでは動くことができず、なんとか抵抗をしようとするも痛みで上手く力が入らない。彼女が味わうのは、到底今まで感じたことのないような激痛。


「あはは!哀れだね、そのまま噛みちぎっちゃえ」


動く度に肉が食いちぎられるような痛みに苦悶の表情を浮かべながらも、ミミクリーの頭は必死にどうすればこの痛みから逃れられるかを考え続けていた。

震える手にはまだ縋るように鎌が握られている。

ここで死ぬのは嫌だ。頭の中でそう唱えれば、自分でも力を振り絞れる気がした。

鎌の柄でフィアスの眉間を狙って叩きつけようと試みると、回避行動をとるべくフィアスは離れる。


虎の牙から開放されたミミクリーは、荒い息のままフィアスとシュルを睨みつける。

足は痛みに痺れ、全身の震えも収まる様子もない。

それでもその手の大鎌を振り下ろし、虎に新たに傷を与え続ける。その姿は普段の怠惰で不遜な態度が目立つミミクリーとは別人に映るかもしれない。


「可哀想にさっさとコイツを喰って。手当てしてあげるからね」

しかし、相手が何であろうとシュルは負けられない。

これはウィッチ・ゼロトリーに任されたショーであり、このサーカス団では皆がその技術に長けているのだ。

フィアスの方を見やると、目は未だ力強く標的を見据え、次の命令を待つように構えている。

頼もしいのその姿にすこし安心する。

小虎としてやってきた時と比べて随分と成長した?いいや、自分が手懐け、教え、鍛えたのだ。ただの小虎を、人喰い虎として。

血で白い手袋や衣装が汚れるのも構わずに毛を撫で、先程噛み付いた脚を喰いちぎろうとまたフィアスを突進させた。


「グフッ…………オェッ…………ゲホッ………!」

ミミクリーは思わず血を吐き、余程体力が消耗しているのか意識は朦朧としまともに立つことすらできない。

このまま倒れてしまえば楽だろうに、彼女はそれをしない。懸命に生きる為に、立ち続け、ついにはフィアスの腹が刃先で掻っ切った。


「このッ自分で戦いもしない卑怯者が……!ボクが…………ボクが抵抗のひとつもできない出来損ないだと思うなよ……

血を流しながらもフィアスは怯む事なく、ヒトの柔肌に向かってその牙をむき、ミミクリーはその口を裂くべく鎌を振るう。

しかし、その鎌は見当違いの方向の空を切った。


「何も出来てないけど?」


意識が遠のくのも当然、動脈を噛まれた足は既に大量の血液を流していた。

ぐらり、体が傾く。

そしてそのまま、左足から重たい軋轢音が鳴る。それが骨が折れた音だと気が付くまでそう時間はかからない。骨を砕いた牙は無慈悲にもそのまま肉を食いちぎり、咀嚼を始める。引っ張られた足はあらぬ方向へと曲がって大腿骨が脱臼しても、フィアスが手を緩める気配はない。


「イギッ………………熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い

あ゛ぁ゛

や、やっ、やめ……ボ、ボクの下半身が…………

そんな、なんで、なんで、」


次は腰に噛みつき、腹にも牙の先を沈めると皮膚とと臓器の境すら破ってゆく。

フィアスは口元から血を滴らせながら、臓物を引きずり出して観客席にも見せつける。

その姿に、ようやく理解した。

自分の命は、見世物として消費されながらここで終わるのだと。


「ボ……クまだやり残したこと……いっぱいあったのに…………まだちゃんと………………


「嫌だ…………こんなボクでも…………し、死にたくない!

ずっとずっとずっと消えてなくなりたかったけどまだ死にたくない!ずっと生きてたい!でもそれも叶わないのならせめてボクのこと覚えていてほしい……

それにまだ2人に何も言えてない!何も返せてない!」


ショーは続く。

自分の苦しみ、悲しみが鑑みられることも無い。

ここで何を言っても、サーカス団達にはただの舞台の上の出来事として終わってしまうのだろうか。それでも、一人の人間として止まれなかった。

観客席にいる二人に、少しでも何かを伝えられるならば。

そう願って、必死に手を伸ばす。


「せめて…………せめて最期に…………マーシャとローレルに…………マーシャ、ローレルずっと言えなくて、だから最期にこれだけでも伝えたくて

ボクは今も昔もマーシャとローレルのことが…………

顔を醜く歪ませながらも最期の力を振り絞ったのも束の間、フィアスが残りの肉を求めて頭からミミクリーにかぶりつく。

二人に伝えたかったであろう四文字の代わりにゴリッボキッと頚椎が折れる音がテント内を響き渡った。


フィアスが食事を終えると、シュルは再び胸に手を当てお辞儀をする。そして自身の勝利を讃えるよう、拍手を要求するように両手を高く掲げた。

咄嗟に拍手を出来る者など誰もいなかったことだろう。

ミミクリーだった肉塊を食らう獣の咀嚼音に耳を塞ぐ物さえ居た。が、それをサーカス団が許すはずもない。耳を塞いでもなお頭を埋め尽くす、拍手、喝采の声!

シュルを称えるサーカス団員達の笑顔!


そこでようやく、クローン達はどうやら彼ら、サーカス団は本気で人間の殺し合いをショーとして披露していると知る。

彼らは正気では無い。心臓が激しく脈打ち、冷えきった指先が痺れてゆく。

何故このようなことが起きているのかも、どうしたらここから逃げ出せるのかも検討がつかない。

嫌に回る頭と裏腹に、体は凍りついたように動かなかった。


「皆様いかがでしたでしょうか!余韻が消えぬうちに次回公演の予告をさせて頂きましょう。次のショーは─────……

そこで客席の方を見たゼロトリーは不気味に微笑む。その先には、必死にステージに降りようとしていたローレルの姿があった。

「ミスター・アングレカム、貴方にいたしましょう。対するは、我らが誇る投げナイフの名手、P.N.G

これをもちまして第一公演を終了させて頂きます。お忘れ物のないようお気をつけてお帰りください。

それではまたの夜にお待ちしております!」

高らかな声に再度、団員達の拍手が沸き立った。
シナリオ ▸ 内蔵
スチル ▸ はむにく 加工済み魚類 匿名スチル班
ロスト ▸ ミミクリー=デモン・ヴァンピール

エンドカード  ▸ 加工済み魚類

act 2