act 10


閑静な街並みに足音がひとつ。
テオが大剣を手に歩き、隣にはその道案内をするホログラムのAIが浮かんでいた。
「次の角を左。そこで何分か待っていればいずれ彼女が現れるよ」
どうやらイライザは敵の位置は全て把握しているらしい。
彼はそれに従い、角を曲がる。

「待ち伏せって事です?待つのは苦手なんですけどね~ いつも遅刻する側なので、たまには早めに待っておいてあげますか」
渋々、と言うようにわざとらしくため息をつく。
「こら、遅刻はいけないよ。時間は守らないと。それとも次からは僕が早めに予定を知らせてあげようか?」
そんな彼の様子を見たイライザは咎めるような口調をしているが、その顔は少し悪戯っぽく口元には微笑が浮かんでいた。
「遅刻したほーが心配してもらえるでしょ?笑
ま、時間守る大事ってのは100も承知なので、次回から気をつけま〜す」

「いけない子だ。やりすぎは禁物だよ」
くすくすと子供のように笑うテオを真似をするように同じくくすくすと笑っていた。
楽しげな声は、ピタリと止む。
どうやら何かを察知した様子から、敵が近づいてきたらのだろうと察することが出来た。
「……お出ましだね、それじゃあテオさん。また会おうね」
イライザはそう言って目を細めると、空気に溶けるようにしてふわりと煙のようにどこかへ消えていった。

同じ様な景色、同じ様な色。どこを曲がっても整えられた町並みで嫌気が差す。
あぁ、いつもの彩り豊かな日常に、ウチの待つサーカスのテントに戻りたい。何かが足りないような、どこか心に穴が空いたような、そんな心地がここ数日、そう、サーカスのテントが燃えた日から続いている。
ニュンやクイーンビーの説得がなければ今頃自分は、その寂しさに押しつぶされて火の海に飛び込んでいたのだろう。ウチを想うタランテラの心は、ウチを失って尚平常でいられるほどの軽さではなかったのだから。
しかし、その喪失感はそれは他の生き残ったサーカス団員達も同じはずで、やはり自分はウチの魔法がなければ弱いままなのだなと、タランテラを悲しくさせた。

角を曲がった時、人影を確認する。
できるだけ監視カメラの視界を避けても、自分の大きな体では見つかることは避けられないだろうと分かってはいたが想定よりも早い接触となった。
「あら、テオさん。お久しぶりね。待っていてくださったの?」
涼やかに微笑んだタランテラは、テオに軽くお辞儀をする。それはサーカスの舞台上でしたものとは違い、普通の日常に見るお辞儀だった。
「そーそ。デートはやっぱり、男が早く来て待ってないといけない決まりなんでね 俺にしては上出来でしょ」
子供が周りに自慢する様な、”まずはこの俺を褒めろ”というように言ってみせる彼は軽率なウインクを落としてはなんてねと笑みをタランテラに向ける。

「ふふふっ、デートだなんて、面白い冗談だわ。」
「で、どこ行くんスか?宛はあるんですかね サーカステントなら後ろ……あ、もう無いんでしたっけ、すみません」
「まぁ。そうね、とても素敵な男性ですわ。エスコートがお上手そう。」
と、微笑んだ。サーカステントの話が出て、思わず痛みを感じたように少しばかり顔をしかめるが、それを振り払うようにして可笑しそうにコロコロと笑い続ける。

「けれど、貴方には大事な方がいらしたのではなくて?私のような者よりその方を誘うのが良いと思いますわ。ほら、クイーンビーと素晴らしいショーを見せてくださった…」
そこまで言って、はっとしたように言葉を止めた。
「あぁ、いいえ。いけないわ。もし貴方方に会ったら聞こうと思っていたことがあったのに。これでは良くないわね。ごめんなさい。」
シュンとすると、テオの目を真っ直ぐ見据える。
「俺にとっちゃここのみ〜んな大事ですし大切ですよ!俺ってば先輩思いの素晴らしい後輩なんでね」
嫌な顔ひとつせずに。彼らしいにっぱりとした明るい笑みをうかべながら迷いなく言い切る。
「そうなのね。とても良き後輩の鏡だわ。」
笑ったテオに親しみを感じてついつい褒めてしまうのは、彼の人柄のなせる業なのだろう。それでもその人柄に流される訳にはいかない。

「少し、私とお話に付き合ってくださいませんこと?」
その顔は真剣そのものだった。
「話?あはは、いいッスよ。俺、お喋りだ〜ぁいすきなんで。むしろ大大大歓迎ッスねぇ。…で、今回の話題は何です?」
目を細め、その笑みを崩さずにタランテラをその双眼に捉えた。変に身構えることもなく、次の言葉をじっと待つ。
「まぁ、ほんとう?嬉しいわ。貴方方のどなたかに聞きたい気持ちもあったけれど、テオさん、貴方に聞きたいこともあったのよ?貴方の…見せてくださったショーを見たときから…。」

その時を思い出すように頬に手を当てながら、言葉を紡ぐ。
「そう、貴方方の事を教えてほしいの。えぇ、偵察とかではなくてね。単純に、貴方方の…クローンのこと、ユークロニアのこと、そして…イライザさんのことを貴方がどう思っているのか、知りたいの。」
ひと息つくと付け足すように更に続ける。
「ほら、イライザさんに連れて行かれてしまった剤さんが不便していないかも気になるし…それに…ほら、ニュンさんの故郷でもある…でしょう?」

「本人の同意があってこそとは言え、ニュンさんをこちらに引き取ってしまったこと、貴方方に少しばかり罪悪感もあるから…ニュンさんのお父様であるイライザさんにはご挨拶しなくては礼儀を欠いてしまいますでしょう。気になってしまって。」
と、理由を述べていくが、本当に聞きたいのはおそらく…『テオ自身がイライザをどう思っているのか』なのだろう。
「あはは、まぁ確かにじじちゃん先輩が来てくれたぽいですし、実家のアンタら的には気になりますよね。ニュン?ってのは聞いた事も無いんで人違いだと思いますが」
タランテラの質問を聞き入れては、うーんとひとつ 悩む様な仕草を取る。

悩まなくたって答えは決まっているのに、そう振る舞うのも”テオ”というキャラ作りなのだろうか。
「ここはちょ〜ぜつ平和ですよ。嫌な事も何も無いし苦労しません。
突然燃えて実家が無くなるなんてこともありません!一度死んだらもう終わり…なんてこともありません!帰る場所が何時でもあるって素晴らしいねぇ〜♪」
わざとらしいキャピキャピとした様子で話している。
「そう、平和で、嫌な思いをしない。とても素晴らしいことね。けれど、何度も創られる命を良いものとは、私は思えないわ…。」
「それに俺はイライザ……さんの事、崇めるべき存在だと思ってますよ〜、創造主ッスからね あたりまえです。別に変な話じゃないでしょ?」
「帰る場所も従うべき存在も無くなったアンタらなら、在るべきモノの大切さ、わかりますよね?笑」
「まぁまぁ、困った子だこと。」

テオの言葉を聞いて、タランテラはどうやらテオを"無邪気な子供"と判断したらしい。じゃれているような態度が憎くもあり可愛くもある。
「考えたことはあって?自身の愛おしい方が、愛おしい方と同じ顔をした人が、別の方を愛おしげに見つめるの…。そして…そして、私の事を、怯えた目で見るの…。私にはとても、とても耐えられないわ。」苦しそうに吐き、そしてテオに向かって「貴方は耐えられて?」と一言。

「大事な人と同じ顔をした人が、自分を……」
ふむ、と考えるように。自分の好きな人達が別の物を見たとき、どう思うか。…自分は……。
「えぇ、えぇ、わかりますわ。大切なモノを失った時の喪失感がどれだけのものか。」
「けれど、こうも思うの。」
「崇めたそれに自分の理想を押し付けてやいなかったか。と。」
「頼りすぎて自分を失ってはいないか。崇めすぎて偶像を見てやしないか。光に近すぎて、盲目になっていないか。」
そうして苦しそうに、重石を吐くように言う。まるでテオの気持ちを自分の気持ちと同じであることを疑っていないようだ。
「私は、ウチ様をしっかりと見ていたのかしらって。」
タランテラの問いかけを想像しては、思わずくすくすと笑みが漏れた。

「盲目信者で結構。テオってのがそもそも作られたもんなんだから、自分自身が何だとかわかんねーや。」
「貴方のイライザさんへの気持ちは、本当にイライザさん自身を見て抱いたもの?」
そう、投げかける。彼女はクローンのイライザに対する気持ちの持ち様に、疑問を抱いているらしい。
「俺は望まれた後輩、人物像、弟ってのを出来ればそれでいいんで。何、団長さん死んで今更反省してます?それ、自我弱くない?崇めてたなら死ぬその時までブレるなよ 失礼だぞ」
ムッとした様子でタランテラを睨みつけるテオの顔は年相応だ。
「そうね。私って弱いの。とても、とても。」
彼女の表情は、少しばかり吹っ切れたような、清々しい笑みだった。

___私ったらどこまでも弱いのね、こんな無邪気な子供に言われてしまうほどに。それから、あぁ、そうか、と。どことなく、思っていた。彼は自分と似ているのではないかって。彼は、イライザを崇めているようだったから。

ウチ様を崇拝している自分と似ていて、だから、どうすれば良いのかわからない虚しさも、この行きようのない不甲斐なさも、彼に話せばわかってくれるんじゃないか、なんて。
そんなわけ、なかったんだわ!

「残念だわ。弱い部分を見せれば少しくらいこちらに傾いて下さると思ったのに。」
「…………傾くだァ?」
あはは、と声を上げて笑う。楽しい、というよりもおかしいと嗤う様だ。
「ちょっと、勘弁してくださいよ。俺に来て欲しいならまず兄さんをサーカス団に堕としてからにしてください」
冗談なのか本当なのか。半笑いで言い捨てては、申請に応じる様に軽く手を握り直してみせた。
あくまでサーカス団員らしく、気丈に振る舞う。はったりで結構。もう自分へ魔法をかけてくれるあの子は居ない。これからは自分の手で魔法をかけなければならないのだから。

「私は寂然たる大蜘蛛、その一挙一動は恐れるほどに美しい。ひとたび舞台に上がれば私の手中。」
残った大切なモノを、巣を、もうこれ以上壊されないために。
「Black widowが一員、タランテラが貴方にショーの共演を申し込むわ、テオ。」
そこには相手に迷いなく真っ直ぐと眼差しを向けるタランテラの姿があった。

「へへ、いいッスよ このままお喋り相手になってあげますね。俺にアンタなりの護り方、手本見せてくださいよ。」
彼女の眼差しから逃げる事は無い。自分は表情を崩さずにただそれを受け入れるだけだ。
ぐっと踏み込み、間合いへと詰め寄る。デリックとの戦闘で最初に見せたものと”同じ”だ。
既に握り直していたその武器をタランテラの腕目掛けて振り上げた。

「予習復習は大事ですよ〜先輩、俺がこう来るってデリック先輩のときに学びませんでした?
色んなもの無くしすぎて、ショーの記憶も落としちゃいました? 」
「…っ!」

細身の彼の一撃は想像以上に重い。これがデリックの受けていた攻撃なのかと思うと、それでも気丈に舞台に立ち続けた彼に称賛を送りたい。
ふと自身の爪を見やった。そこには彼に調合してもらった毒糸が仕込まれている。どうか、貴方のくれた勇気を、演者としての覚悟を、もう一度…
「うふふ、いいえ、ちゃんと覚えているわ。貴方と彼のショーのことも…」

テオの利き手に向けて糸を吐いた。
「……!」
タランテラの行動に読みが効かなかったのか、モロに利き腕で受け止めては一度顔を顰める。軽く舌打ちをしたような気がしたが、直ぐに笑んでみせた。
「覚えててくれました?有難いこった。敵味方関係なく、自分が見てもらえるのは嬉しいんでね !」
彼女の視線を振りほどいて、痛む利き腕からもう片手にすぐシフトチェンジさせる。
パッと持ち直してはタランテラの片足を強く強打させてみせた。
見事な剣の持ち替えに意表を点かれ片足に怪我を負ってしまう。できる限り彼の間合いから離れたいが、思うように脚が動かない。

「い゛っ、はぁ、脚は商売道具なのですけれど…まぁ、構いませんわ。剤さんを取り戻して治して頂きますから…!」
片脚をかばいつつも下に向けて糸を放つ。自分の動きが鈍くなるなら、相手の脚を封じれば、あるいは…

テオはその行動に一度驚いた様子を見せてから、タランテラのことをジトリと見た。
「ッた”〜……なんでこうも女ってのはダルい事すんのかな………」
本音か茶化しか、口から文句を零す。
「互いに脚潰しちゃぁ 踊ろうにも踊れないだろーよ ショーとして華やかさがちょっと足りないんじゃ無いッスかね…!!」
痛む脚を意地で動かしては、彼女の腕を掴む。思い切り引いては、そのまま武器を思い切り腹部へ容赦なく叩き入れてみせた。

「う゛ぐっあ゛ぁぁぁ…!」

痛い、痛い痛い痛い痛い
痛みに呻く。刺された腹が焼けるように熱い。
でもこれが、これこそが…

「今!最高に生きていますわ!」
目を爛々と輝かせ、テオの首に手を掛ける。
首を手で締める。その拍子にタランテラの爪がテオの皮膚を傷付けた。
「私はBlack widowの毒蜘蛛!貴方の身体を蝕む毒に苦しみなさい…!」
「っ…………は、が、」
突然のことに反射で彼女のその手を掴む。
苦しい、息ができない。
__どうせクローンを作るなら、こういった呼吸機関も無くしてくれよ。…なんて、初めてあの人に文句を言いたくなってしまう。
毒のせいなのか酸欠なのか、鮮明に考える事が難しい中、目の前のタランテラをただ視認していることしか出来なかった。
掴んだままでは、自分が攻撃を受けるだろう事はわかっている。離れて安全を確保しなければいけない。頭では理解している。それでも、この手を、獲物を掴んだ糸を自ら離そうとは思えなかった。
執念と執着がさらに首に爪を食い込ませる。それは彼の義兄の最期と同じ様に、首に赤い線を引いた。

__意識を手放した方が楽なんじゃないか?
どうせ自分は人間じゃないし、未練とかも…
しかし、咄嗟に”また会おうね”と、イライザの声を思い返す。
ダメだ。
次からは気をつけるって、言ったじゃないか。

「ッ………!!舐めんなよ、この…クソアマ………!!」
ゆっくり、自分の武器を持ち直す。余った力を無理やり押し出し、自分を縛る根源を斬り振り落とした。

「 、ァッ…?」
唐突に、力が抜け崩れ落ちる。何が、起きたのか咄嗟に理解することが出来なかった。自分は確かに獲物をこの手に…
もう身体が動かない。力が、入らない。
視線の先には投げ出された右手。ふと、目に入ったそれをぼんやりと眺める。

白が…血に濡れて黒く染まっていた。
これをくれた彼の言葉を思い出して、あぁ、自分は死ぬのかと、理解する。
寒くて、寒くて、でも、不思議と心は穏やかだった。
「ねぇ、テオ…さん?お願いが、あるの。私の右の眼をにゅんさんに、左の眼をクイーンビーに、渡して、下さらない…?いいえ、会えたらで、良いの。私には、要らないものだもの。そう、私の身体はちっとも要らないけれど、たくさんの、贈り物をもらったから…ちっとも、淋しくないわ。ほんとうよ。」

__大切なモノを見つけたの。私の命よりも大切なモノ。こんな私を愛してくれた、かけがえのない、私の居場所。
心残りがあるとすれば…彼女…にゅんと色んな場所に行ってみたかった。永く、一緒に居たかった。それくらいだろうか。
守れず、置いていく私を、どうか赦さないで。
「ありがとう」
誰に向けたともとれない言葉を零すと、タランテラはそっと息を引き取った。

「はー……ゲホッ……、頼みぃ…?」
ひとつ深呼吸をして、揺れる視界をやっとの事で貴方へと向けた。
「……良いですよ〜、……でも、」
「……勧誘するってのにアンタは責任持つべきだ 。俺は…先輩がアンタといて幸せならそれでいいやって無視してたのに、こりゃ無いッスよ。」
この声は届いたのかも定かでは無いが、もう既に息を引き取ったであろうタランテラのその瞳へ手を伸ばした。
言われた通り、彼女の”証”を躊躇なく手にしてから、遺体を見下ろす。

「はー…正直、蜘蛛って繭にめちゃ子供ぶち込むからキモくて好きくないんですよね、ド真ん中にトドメぶっ叩こうと思いましたが……アンタ悪い人じゃないし、そんな気にもなれねぇや」
そう言って振り返り足を進める。
…ふと、何か思い出したように「あ、」と声を上げて立ち止まった。
「そういやさっきの回答ですけど。大切な人が自分のことを怯えた目で見たら。俺は……幸せですね。怯えたその人も素敵だ。どんな様子でも愛おしくて仕方ないッスよ。」

そう虚空へと答え、またいつもの帰路へと身を進めた。
シナリオ ▸ 五臓六腑
スチル ▸ はむにく 加工済み魚類 アップリコ
ロスト ▸ タランテラ
エンドカード  ▸ 加工済み魚類
タランテラの裏CSが公開されました。
act 9
act 11