act 15


───もうワガママなんて言わないから。

……だから……だから……目を覚まして、お願い……。

祈るようなそんな声と共に、ローレルの意識は浮上する。喉と腕に走る痛みが、少し前の記憶を思い起こした。

自分はテオとシュールとマリアと、遺体を運ぶ仕事をしていて、その途中に──遺体の爆破に巻き込まれて。

自分が倒れた後、どうなったのか。それを確認する為に、目を開けた。

「……っぁ、…けほ、」

「っ!炎は、みんなは!…………テオ、は……」

ローレルは痛む節々に気を取られながらもなんとか身を起こす。

周りを確認すれば、顔に大きなケロイドを形成したテオがすぐ側で眠っていて、その痛々しさに顔を顰めた。


「あ……やっと起きてくれた……もう目を覚ましてくれないんじゃないかって心配したんですから!」

隣から聞こえた涙ぐんだ声に顔を上げると、薄紫色の髪と真紅の目を持つ、どこか見覚えのあるクローンの少女がポロポロと涙を流していた。

ローレルの記憶にある姿とただ一つ違う点と言えば、薄らと目にライトブルーの十字を浮かべているということ。

思わず痛みも忘れ、彼女の目から溢れる大粒の涙を拭おうと手が動いた。

しかし、これを拭うべきは自分ではない気がした。今自分が手を差し伸べたら、今までと同じように彼女に誰かを重ね、彼女を傷つけてしまうような気がした。

手は空中で静止し、拭われる事の無い涙はやがて頬を伝い零れ落ちた。


「……心配、してくれていたんだね。ありがとう。僕は大丈夫だからそっちの彼をみてもらえるかな?」

彼女にとって特別な誰かにならないよう、彼女を特別にしないよう、回らない頭で慎重に言葉を選ぶと、彼女の浮かべた笑顔を誰かに重ねてしまう前に、テオへと視線を動かす。

「……やっぱりボクのこと…………」

彼女は少し曇った声色でそう呟くが、考えるのをやめるように首を横に振る。ローレルが言った通りにテオの手当の続きをしようとしたのか、立ち上がろうとした彼女の動きは止まった。

「あ……これ……」

なるべく関わりたくなかった。その顔を見ていると、ミミクリーとの思い出を踏みにじられる心地になるから。

これがユークロニアのやり方だと分かっていても、新たに生まれ変わった同じナンバーのクローンとは出会いたくなかった。

​───なのに。

「ローレルくん、ごめんなさい……とても大切なものだと聞きました……」

「あぁ、そうなんだ。……君が謝る必要はないよ。ありがとう。」

彼女がローレルに握らせたのは布切れになってしまった半透明のストールだった。

思わず顔を上げると、目に飛び込んで来たのは気まずそうで自信なさげな顔。それは、どこか昔のNo.9999339───コレットのような表情に見えなくもない。

そもそも、今目の前のクローンにはストールのことも話していないはずだ。なぜ知っているのか。

聞いた?どこで?

「……コレット、記憶が…?」

考えるより先に口からは記憶にある名前が溢れる。

ふと、昔、イライザに記憶を引き継げるようにしてほしい、と話していたことを思い出す。もしかしたら叶えてくれたのかも、なんて希望に縋りついた。

そのクローンは否定も肯定もしなかったが、その代わりとして「お久しぶりです、ローレルくん。ずっと、ずっと、こうやって話したかったんです。」と、柔らかな笑みを漏らした。


「ねぇ、せっかくですしここで少しお話しませんか?もうある程度できる処置は施しましたからテオさんのことは心配いらないでしょう。」

そう話を切り出すと、彼女はローレルが知らないクローン生成所であった出来事を話した。

イライザとジルと一緒に縫い物をしたこと、アイザックと共に訓練をしたこと。

最初に感じたのは、自身の名も名乗らず見知った顔で楽しそうに語りだすクローンに対する違和感。

それでも、手の届かなかった日常に近いなにかが転がり込んできたののだから、今度こそ手放すわけにはいかない。例え夢だとしても、もう少しだけ夢を見ていたかった。

「縫い物も訓練も大変だっただろう。怪我はしていないかい?」

「大丈夫です。……そうそう、アイザックさんは『ローレルは強いからきっと大丈夫。けど、負けちゃって不安にさせたかも…申し訳ないな。』と言ってました。

まだナナとデルゼくんは……再生した姿を見かけていませんが、みんな生きていますよ。」

「アイザックがそんなことを……。確かに不安だったけれど、彼のグローブに力を貰ったから、後でお礼しにいかないとだ。」

昔の日常をなぞるように目の前のクローンのする話に穏やかに相槌をうつ。


「みんな生きているんだね。……後の2人もきっとすぐに生まれる。じゃあ、もうひと頑張りしたら全部元通りだ。」

ローレルは自分に言い聞かせるような言葉とともに笑いかけると、彼女は元気いっぱいに頷いてみせた。

「大丈夫です!それに新しい身体になってからなんだか頭もすっきりしたし、身体も以前より動かしやすくなったんですよ!」

そして、ほら!と嬉しそうにはしゃいで手を勢い良く振り回す姿が微笑ましくて、作った笑顔が自然な笑顔に変わり、喉の奥からは笑い声が零れる。

「ふふ、それならよかった。君は危なっかしいところがあるから。」

「あ、ローレルくんは処置が完全ではないので動かないでくださいね......!今回の大火傷以外にも彼らから受けた傷がまだ癒えていないんですから。」

「あ、そうだったね。僕のことは気にしなくて動いていいよ。元気でいる君を見ているだけで僕も元気になれそうだ。」

彼女は怪我をして満足に動けないローレルの前でやる行動ではなかったと考えたのか、シュンした表情を浮かべる。

実際、知った顔から知った顔へ。ころころと表情の変わる彼女にローレルは安心していた。

彼女の振る舞いを見ていると、まるでかつてのコレットと再会出来たかのような感覚に胸が暖かくなる。

この他愛の無い談笑を繰り返すだけの穏やかな時間が心地良い。

しかし、いつまでもこうしていて大丈夫なのだろうか。そんな一抹の不安がローレルの頭に過ぎる。

彼女はそれを感じ取ったのか、話を進めた。

「あ……そうだ、肝心なことを伝え忘れていましたね。先程この場にいた君たちを襲撃した彼とニュンさんはアグ……イ、イライザ先生が彼らをタワーの方まで連れていきました。シュールさんとマリアさんは彼らに見つからない場所へと避難しています。

……ですのでこの場はしばらくは安全と言えるでしょう。」

「イライザさんがなんとかしてくれたのか、やっぱりすごいね。シュールとマリアも彼の管轄内にいるなら安心だ。」

タワーに連れて行って何をするつもりかは分からないが、きっと何か考えがあっての事だろう。イライザが直接干渉してきたのだ、この事件は解決に向かっている。

そう考えているローレルをよそに、彼女は真剣な表情で話を切り出した。


「…………ねぇ、ローレルくんはコレットとしてのボク、ミミクリーとしてのボクのことどう思っていました?」

彼女のライトブルーの十字が薄らと光る。

目の前のクローンはコレットのような、ミミクリーのような、あるいは……誰でもないような。

ローレルは彼女の持つ十字に捉えられ、言葉に詰まる。

その場に流れた沈黙に、彼女は緊張を隠すかのように自身の下唇を噛み締め、震えた手をギュッと握りしめた。

言うことは決まっているはずなのにそう答える資格などないと言うかのように喉から声が出てこない。

それでも、言わなければならない。彼女にはそれを聞く権利がある。

ローレルは覚悟を決めると、絞り出すような声で言葉を紡ぎ始めた。

「好きだったよ。なんにもわかってあげられなかったけど。結局、なにも受け入れてあげられなかったけど。それでも愛してた。」

コレットの抱えていた悩みも、ミミクリーとなった心境の変化も、誰かの本当の気持ちも、何も分からなかった。

「きっと一方通行な愛だったけれど、嘘じゃなかったんだ。」

そして、この気持ちは死後も変わらない。

自分は共に過ごしてきた彼女達の人生を大切な記憶として守り、愛し続けたいと願った。

真剣な眼差しで目の前の彼女を見つめると、これで何度目の涙だろうか、彼女の瞳からは溢れ出る雫が止まらない。

「そっか……そっかぁ……」

彼女の表情は緩み、安心したように眉はへたりと下がった。

ローレルは今度こそ涙を拭おうと思って手を伸ばす。

例え拭うべきが自分でなくとも、彼女の涙をそのままにしておくのは嫌だった。

ローレルの手は何にも阻まれることなく、濡れた頬へ触れる。

指で彼女の溢れる雫を一つ一つ掬ってやれば、彼女は精一杯の笑顔をこちらに向けた。


「えっと……まずは騙すような真似をしてごめん…………」

彼女の言葉にはっとした。

ようやく、本当の事を知る時が来たのだと悟った。

「……謝ることじゃない。なんとなく、気づいてたよ。楽しい夢だって」

落胆はしなかった。覚悟はしていたから。

ローレルは穏やかに、寂しそうに笑う。

しかし、彼女は首を振った。

「ううん、本当はこの少し前に記憶は取り戻してたんだけど……本当のこと伝えようとする度に震えて声が出なかったんだ。」

それは聞き覚えのある声色。

先程のような柔らかな声色ではなく、少し芯があるような声。

「ずっと後悔してた……全てを諦めて傲慢で怠惰になってしまったボクの生き方。

心のどこかで本当にこれでいいのかなってずっと思ってた。だから、だから、ずっとローレルの気持ちに応えられなかった。

本当はボクからもずっと伝えたかったことがあったのに。

でももう後悔したくない。」

彼女は深く呼吸をすると言葉を続ける。

「…………ボクも好き、昔からずっと好きだった。

憧れだった、ミミクリーとして過ごした時もその気持ちは変わらなかった。

あの時テントで死んじゃったボクもきっとそんなことを思いながら死んじゃったんだと思う…………

やっぱりさ、こんなのってローレルの思うボクじゃない?こんなボクのこと怖いと思ってる?」

──驚いた。まずは、彼女が本当にNo.9999339の記憶を継いだクローンであったであった事。そして彼女達もまた、自分を想っていてくれた事。

「確かに僕の思う君じゃない。……正直。まだ、怖いとも思う。」

彼女達は一度死んだ。それも、ローレルの目の前で。

その記憶はまだ真新しい傷として残っていて、いくらオリジナルと比べて記憶力と思考力の弱いクローンと言えども、すぐに忘れてはいそうですかと再生を受け入れられるものでは無い。

それでも。

「それでも、君と隣に並びたい。……多分、すぐに受け入れられはしないけれど、君と少しずつ前へ進んでいきたいんだ。

だから、これからもっと君のことを教えてくれるかな?僕の知らない君のことも愛せるように」

彼女を真っ直ぐ見つめ、自分の気持ちを正直に伝える。

コレットやミミクリーとしての記憶を引き継ぎ、続きの人生を歩むのが目の前に居る彼女なのであれば、知らない人物として扱うわけにはいかない。

彼女の傍に居たい。そんな気持ちが芽生えた。

「ホント……?

ホントに……?ボク、ローレルのこと好きでいていいの?

えへ……へへへ……

素直な気持ち、伝えられてよかったぁ……」

彼女は緊張の糸が切れたのか、その場でへたり込む。

「わ、座ったら折角の新しい制服が汚れちゃうよ!」

慌てて手を差し伸べると、彼女は遠慮がちに笑顔を浮かべた。

「じゃあ遅くなっちゃったけど自己紹介……

ボクはコレット改め、ミミクリー改め、レーヴ。

生成所でイライザ先生に新しく生まれ変わった記念に名前を変えてみたらどう?って提案されてこの名前をつけてみた。

意味は“夢”、これからの未来に期待を込めた名前にしてみたんだ。

というかボクってこんなにも名前つけてたんだ……覚えにくいよな、ごめん……。

あとは……そう、もう前みたいに生き方とかキャラとかに縛られないで今のありのままを伝えていこうと思う。

雰囲気とか喋り方とか変わっても大目に見てくれたら……ありがたいかも。」

「レーヴ、……夢。うん、いい名前だね。言い慣れないけれど、これから頑張って慣れるようにする。」

また新たに名前を増やしたのか、と呆れながらも、彼女がまた新たな気持ちで再出発が出来るのであればそれは良い事だと思う。

「なるべく、君のありのままを尊重できるようにするつもりだよ。ただ、お手柔らかに頼むね。」

とうとう、長いすれ違いに終止符が打たれた。

彼女はローレルの手を取ると立ち上がり、改めてローレルに笑いかける。

それは、コレットの笑顔でも、ミミクリーの笑顔でもない。

新たな彼女──レーヴの笑顔。

ローレルはこれまで知り得なかったレーヴとしての側面に狼狽えるでも、拒否反応を起こすでもなく、眉を下げて笑った。





テオはただ黙って、浮上した意識の中薄らと目を開ける。

近くから聞こえてくる穏かな男女の声は、ここが幸福の街、ユークロニアであると教えてくれた。

それは安堵だろうか。じわりと胸を満たす温かさに、まだ自分はイライザの元で生きていけると思える。

正直あの場では死んだと思ったが、どうやらそう簡単に息絶える事も出来ないらしい。

──まだ生きている。そう安心したはずなのに、口から細く零れるのは。

「………えぇ、まだ死ねないのかぁ。」

と、相変わらずの文句だった。


「やっと起きたかと思ったら、せっかくボクが応急処置したのになんだよその態度は!」

レーヴはすぐ隣からテオの声がすると驚いて目を見開く。

テオが目覚めたことで安堵はしたものの、互いに悪態ばかりついてきた相手に対して今更どうやって話しかければいいのかわからないようで、気恥しさからか口から出るのは悪態ばかりだった。

しかし、不思議と悪い気分じゃない。

そのことに気付くとテオに対してムッとした表情から一転して爽やかな笑顔を向ける。

「大体こんなところで簡単に死なすわけないだろ。

せっかく死亡届を書くならこんな派手で悪趣味な爆撃じゃなくて、この街らしく幸せだったと思える死に方じゃないとダメだ。

ま、そんな死に方に賛成の誰かが慌てて息を切らしながら駆けつけてきたりするかもな〜……なんて。」


「……う〜わ、目覚めた最初の景色これ?やっぱこれ死んでんな……、地獄みて〜な景色だ。特にアンタの顔。こりゃこの世のものじゃねェ。」

テオはレーヴの姿を視認してから、わざわざ取ってつけた様に言い返す。

そして、いかにも不満そうな表情をしながら、彼女の話を聞いて言葉を続けた。

「死亡届に爆死って書いてあったら俺、無条件に好きになっちゃいますけど、不採用かぁ。街らしく、ねぇ〜……」

彼は軽く鼻で笑っては、一先ず周囲の状況を把握する。これは元気な証拠とも言えるが、どんな死に目に会っても、あの適当な態度を変える気は無いらしい。

「あ゛ぁ゛〜〜〜〜!!やっぱり、やっぱりコイツとは仲良くできる気がしない!!

顔見ていきなりこの世のものじゃないは失礼だろ!」

だからこそ、レーヴはいつも通りのテオの口ぶりに頭を抱えることになったのだが。

レーヴは先程の考えを撤回し、やはり悪い気分だと認識を改める。

近くにはローレルとテオしか居ないのをいい事に、苛立ちを発散するように大声を上げると、精一杯の反論を叫ぶ。

「大体!ボクの顔より!オマエの顔の方が!この世のものじゃないんだかんな!」

我ながらデリカシーの無い発言なのは自覚しているけどそんなものこの男の前では知ったものかと、彼女はテオに手鏡を手渡した。

自分の容姿を目にしたテオは、横からの怒号を無視しながら、至って面白いものを見るように顔に出来たケロイドを眺める。

「わ、ほんとだ。すげぇや、俺ってば顔面に怪我してるじゃないスか。爆破記念ってやつ?

数少ないユークロニアでの爆破が顔に刻まれるとか、俺記念碑扱いされても良くない?みんな優しくしてくださいね〜」

皆の方をみて余裕そうにウインクするテオに、レーヴはただただ困惑した。

「こんなにうるさい記念碑があってたまるか!

………コイツさっきまで気絶してたやつとは思えないぞ。そんなに元気そうならオマエだけで歩いて治療室に行けそーだな。」

彼女は軽口を叩きながらも手当を施す。ここでやれることは限られてくるがこのまま放置しておくと傷口から菌が入り込んで化膿してもおかしくない。

「あー……そろそろタオルと包帯を変えないと………何せ二人とも酷い火傷だから消費量が激しいんだよな。

物資も限られてるし、このまま治療室に連れて行けたら一番いいんだけどなー……」

そう呟きながら患部を冷やしていたタオルと傷口に巻いていた包帯を清潔なものに取り替える。

やはりドローンが運んでくれた物資では限りがあり、このままここで待機するのであればそろそろアグダに追加の物資を頼む必要がある。

そう考えた時だった。


「………ッ、テオ!!!ローレル!!!」

タワーの方角から、息を切らして三人のいる所へと向かう人影。そちらに視線を向けると、聞き覚えのある声、姿。赤髪を揺らして走り寄る彼は、かつて共に戦ったNo.0522555そのものである。

「っハァッ、……っはぁ……ごめん、遅くなって…!!二人の様態は……!?」

恐らくタワーからここまで一刻も早く、と全速力で走ってきたらしい。彼は膝に手をついて肩で息をしながら、レーヴに状況確認を行う。

その表情は焦り、怒り、不安。それらの感情がぐちゃぐちゃに混ざりあったような、切羽詰まったものであった。

「あ、兄さん。」

「おっ、噂をすれば。

二人ならもう大丈夫。あとは清潔な包帯に変えて患部を冷やして、医務室で処置してもらうくらい。

特にコイツなんかさっきから悪態ばっかりついてくる始末だぞ。」

レーヴはアイザックの方を向きながら後ろにいるテオを指さした。

アイザックはローレル、テオの命に別状は無いであろう様子を見て、ゆっくりと深呼吸をするように大きく息を吐き出す。

「よ、…………よかったぁ………………」

声は震え、安堵で今にも涙が溢れそうになる。眉を下げてライトブルーの十字を携えた瞳を揺らす様子は、以前の彼よりもいくらか人間らしく、珍しいものであった。

レーヴはアイザックの様子に笑顔を浮かべると同時に、彼の持ってきた荷物に気がつく。

「ふんふん、その荷物、追加の物資を持ってきてくれたみたいだな。」

「アグダから、レーヴの手伝いに行ってもいいよ、って言われて…いてもたってもいられなくて、向こうのことはアグダとジルに任せて急いで来たんだ。」

レーヴはタワーから持ってきた物資を受け取ると同時に、アイザックに小声で耳打ちした。

「あー……あとその、ボクの記憶は戻ったから……絶対にアイツにだけは言うんじゃないぞ!バカにされるに決まってる!」

「……えっ、戻ったの?…そっか、じゃあ…じゃあ本当にもうすぐ全部元通りになるんだね。…ほんと、良かった…」

彼の嬉しそうな笑顔は、以前と変わらない。早くなっていた呼吸を整えて、清潔な包帯を手にテオの方へと向かう。


「テオ、ごめんね。……ただいま。よく頑張ったね。」

その表情は、優しく慈しむような、でもどこか寂しそうで、悲しそうな。そんな笑みを浮かべた。

対してテオは、いつもの調子を崩すことなく言葉を返す。

「ほんとッスよもう〜!俺ってばめちゃくちゃ頑張ったんですから、次の兄さんの死因は俺にしてくださいね〜!それくらい権利貰わないとフェアじゃねーや。」

謝罪の言葉を聞いた途端、隙を狙って言いたい放題だ。

そんな中で「でも」と言葉を零す。

悪戯っぽい笑顔を向けられたアイザックは目を丸くし、テオはその反応に気を良くして笑みを深める。

「やっぱり死に顔よりこっちのほーが似合いますよ。お元気そうで何よりです。」

「うん、……うん。あはは、また会えた。嬉しいな、テオがいる。いるんだ、ここに……」

アイザックは目線が合うように地面にしゃがみこむと火傷でできてしまったケロイドにそっと手を伸ばし、触れないように翳す。

彼はテオを暫く見つめた後瞬きを一つして、ゆっくりとこわれものを扱うように優しく抱擁した。

「もう一生会えなかったらどうしようって、ずっと怖かった。守らなきゃいけないとか、そういうのじゃなくて……ただ傍にいたかったんだって、俺のワガママ」

弟を弟たらしめるのには兄が必要なように、兄を兄たらしめるにも弟が必要だった。

アイザックは、クローン生成所で再生されてからの日々を思い出す。

再生されたばかりで不安定な体で戦いに出る訳にも行かず、ただ監視カメラの映像を眺めるしか出来ない歯痒さに、何度奥歯を噛み締めた事か。

「謝りたいことがたくさんあるんだ。……きっと俺は、いなくなるつもりもなく死んだこと。ずっと近くにいれるって……いてくれるって、勝手に思い込んでたこと。本当にどうしようもなく弱いのは俺だったってこと」

テオは耳元で呟かれる言葉が、段々と震えていくのがわかる。角度の問題でアイザックの表情は伺うことができないが泣いている、それに気づくのに時間はかからなかった。

「あれ、随分と今日は素直ッスね兄さん。そんなに独りは嫌でしたか?まぁ、独りにされたのはこっちの方なんスけど。」

相手が泣いているなんて揶揄うには絶好のチャンスだが、ここでそれを指摘しないのは、テオなりの配慮だろう。

心配をさせたくないのか、軽く笑い飛ばしながらいつものように語りかけてくる様子に気持ちが落ち着いたようで、アイザックの鼓動が心地よいものへと変化するのがテオに伝わる。

「レーヴたちがいたから、寂しくはなかったよ。でも、……手のかかる弟が近くにいないのが、こんなに不安になるだなんて思わなかった。」

アイザックがふふ、と少し笑いをこぼすのと同時に、テオは彼を抱き締め返した。

「あ〜!でも、兄さんの自我無さすぎて困ってたから、死んでやっと言ってくれましたね!1回死ぬってのも大事なイベントだったんじゃないスか?

だからそんな気に病まないでくださいよ。俺はいつだっていい子に待ってますよ。」

「イベントって、それは…そうなんだけど。でも、ちょっと言い過ぎ。兄さんだって傷ついたりするんだから。自分の意思に従えっていうなら、これからはもっと厳しめでいくからよ?テオは本当に…本当はいい子だから、ね。」

どこか無邪気で、初々しいような声色で冗談めかしてそう言うと、アイザックはす、と体勢を向き合うように戻す。表情は穏やかで、涙の跡はもう見られない。

見慣れた赤はそこにはなく、代わりにライトブルーが細められる。

「ここなら……ユークロニアでしか、きっと幸せにはなれないんだってよく分かったから。大丈夫だよ、いつまでもここにいよう。」

アイザックの表情を見るなり、テオも眉を下げて笑みを零す。

それは、いつもの取って付けたような笑みでは無い。自然と溢れた、テオの本心からの表情であった。

「……はは、兄さんってば今更過ぎですよ。

でも、その幸せってのに”手間のかかる弟が近くに居る事”って項目もちゃんと付けてくださいね。」

近くに居て欲しいのは自分の方なのに、こういう言い方でしか表せないのは消せない癖らしい。

「あはは、そうだね。それが一番大事。」

テオの言葉の裏を知ってか知らずか、アイザックは笑い声を上げる。

いつもの日常、平和な会話。何にも脅かされることの無い些細な喜びが、今は何よりも幸せだと彼は感じた。

「…にしても派手に怪我したもんだ。はやく帰りましょーよ。俺もう、戦いまくったり爆破したりでいい加減疲れました。ちゃんとそれなりに手当プラスしてくれないと釣り合わねー。」

テオはそう言うと、自分の状況含め、周りの皆を横目に見る。

他の様子も気にしつつ、一人じゃ立てない〜なんて言いながらアイザックに寄りかかれば、彼は期待通り支えてくれる。

「ローレルも、どこか怪我の炎症がひどいところとかはない?多分……もうすぐタワーの方も一区切りつくころだと思う。……二人とも本当にお疲れ様。もちろんレーヴもね。」

アイザックは振り返ると、ローレルとレーヴのほうに声をかけた。

ローレルは声をかけられはっとすると、改めて親友の顔を見つめ、笑いかける。

「うん、お疲れ様。確かに身体中痛いけどレーヴのお陰でなんとか大丈夫だよ。」

「そっか、よかった。」

アイザックはボロボロの親友の姿に少しだけ悲しそうな笑顔を向ける。しかし、自分が信じた彼は傷つきながらもそこに立っている、という事実に誇り高い気持ちにもなった。

そしてふと、ローレルの手元に目線が行く。

「あ、…それ、良いお守りになった?」

グローブを指さして、嬉しそうに問いかけると、ローレルは照れくさそうにグローブに目線を落とした。

「……ああ、ちょっとだけ預からせて貰ってたんだ。うん。勇気をもらったよ。」

「なら良かった。ローレルなら大丈夫だって、信じてたけど。」

「君の信じる気持ちに応えられて嬉しいよ。僕も君が帰ってくるって信じてた」

親友が涙を堪えながら笑う姿に、アイザックは改めて彼の無事を噛み締める。


グローブに関しては、ローレルが返そうか?と提案したが、名残惜しそうな雰囲気を察知してか、彼は「ううん、ローレルさえ良ければ、そのまま持っていてほしいな。俺の、アイソトープシープとしての俺はきっとそれだけで残っていてくれるから」と静かに首を振りながら答えた。

ローレルは彼の言葉に甘えて貰っておくとして、礼を言うと嬉しそうにグローブを撫でた。


アイザックはローレルの言葉に笑顔で頷くと一息つき、あたりを見渡す。

「よし…レーヴ、他に今俺たちにできることはない…かな?」

「えぇと……とりあえず二人を医務室まで運んでちゃんと手当してもらうとか?」

レーヴがそう言い終わるや否や、彼女のそばに居たドローンは突然空高く飛び、チカチカとライトを点滅させた。

何かタワーの方で以上が起きたのだろうか。そう思ったのも束の間、タワーの方角から救急車のサイレンが聞こえる。

これまで来なかった救援が来た。ということは、タワーの方で救援に出てこれる程度の余裕が出来たという事だ。

段々と近づくサイレンの音。

どうやら、救急車のお迎えが来たようだ。


ローレルとテオは医務室に搬送される道すがら、自分達が意識を失った後の詳しい話を聞いた。

戦いは終わり、街に平和が戻る。

素直な気持ちを打ち明け、仲を深めた彼らは、大切な人とこれからどんな日常を過ごすのか。

それはきっと、彼らの遥か昔の代までを遡っても見つからないような、幸福に満ち溢れたものになるだろう。






タワーの地下、クローン生成所では一人のクローンが目を覚ます。

彼は瞼の隙間から左右で色の違うマゼンタとシアンの瞳を覗かせながら、長い睫毛を揺らしながら何度か瞬いた。


クローン生成所の廊下には、七つの扉がある。

扉の先に繋がる部屋は、クローンを作る為の培養槽が並ぶ生成室、監視カメラから街の様子を隅々まで確認できる監視室、ユークロニアに不適と見なされた住民の処理を行う処理室、遺伝子や脳についての研究や手術が行われる研究室。残りは特別個体の部屋、アグダの部屋、イライザの部屋だ。

彼が目を覚ましたのは特別個体の部屋で、そこには生成室には無いNo.0000001のナンバーが刻まれた培養槽が置かれていた。


頭は鈍い痛みを訴え続けている。

これで何度目の生だろうか。

あれは何度目の死であっただろうか。

それは、これまでの彼の​──No.0000001の、生きた五百年程の記憶を無理矢理叩き込まれた脳の悲鳴だ。


「グ……」

額に手を当て、徐ろに培養槽の扉を開く。

何故過去の自分は死んだ?

現場では何が起きていた?

膨大な記憶の中から直近のものを手繰り寄せ情報を整理する。

そうだ、彼は自殺したんだ。頭に埋め込まれた爆弾に巻き込まないように。

同時に、心中に飲み込んだ遺言がフラッシュバックする。

No.0000001は深くため息をついた。

「馬鹿なヤツ。」

彼は早送りのように慣れた手つきで着替え支度を済ませる。

ふと鏡に写った自分に憐れみを包含した視線を向けると、たまたま近くにあった適当な銃を手にし、弾を確認するとホルダーに突っ込んだ。

「おっと、これだけは忘れちゃいけないのに。危ない危ない。」

机の引き出しから真新しい手帳を取り出しズボンのポケットに滑り込ませる。

忙しなく脈打つ心臓は街の安寧を危惧してのものだろうか、それとも歴代の未練の記憶が俺を惑わせるからだろうか。

ダメだダメだ。焦っても仕方ない、余計なことを考えるな。目の前のことに集中しろ。

雑念を振り払うように、足早に部屋を後にした。


「__サーカス団は、全員殺す。」




特別個体の部屋の外、クローン生成所の廊下はいつも通りの真っ白で統一された無機質な風景だ。ただ、その中で一つだけ半開きの扉が目につく。

そこは、クローンの生成室に繋がる扉だ。

いつもは全ての扉が閉ざされているというのに、ここだけわざとそうしたかのような、作為的なものを感じるだろう。

耳を澄ませば、微かにアグダの声が聞こえた。

きっと、自分が目を覚ますのを待ちながら新たに生み出すクローンの準備をしているのだろう。


守るべきもの達に背を向けると、監視室で標的の位置情報を確認した後、地上へのエレベーターに乗り込んだ。






「……それじゃあ気をつけて。」

手術を終えたニュンとクイーンビーは、アグダに見送られてタワーの外へ出た。

清々しい朝日が目に刺さり、思わず目を細めれば、どうしてだろうか。自分達は今まで何をしていたか──そんな疑問が貴方達の頭を過ぎる。

己の記憶が述べる回答は、“ひょんなことからサーカス団とはぐれてしまった自分達は、彼らを探してこの街にやってきた。が、手がかりは何も見つからず、この街を出る事にした。”というもので、目の前にある真新しいバイクは自分達が街を出るために用意してもらったものであったことも頭にあった。


「う〜……まぶしっ、 もう朝だね女王蜂さん

こんなに眩しいくらいに太陽さんが登っててえ、風もすっごく心地がいいんだからあ〜……ねっ!!女王蜂さん!女王蜂さん!ニュンを後ろに乗せてどこまでも連れて行ってくださいなっ!」

ニュンは軽く伸びをしながらきらりと光る真新しいバイクへと先導し、単刀直入に言えば「早よ乗せろ」という意味のセリフを軽やかな笑み付きで投げる。


クイーンビーは煌々とした朝日に淡く瞼を閉じ、軍帽の鍔で目元に影を作りながら視線を落とす。その先にあった、誰かの瞳が入った小瓶。中を確認するように握った手を軽く緩めてみれば、不気味さと美しさを兼ね備えた彼女の瞳と目が合った。

──彼女は既に亡くなってしまったのだろう。そう直ぐに察しがついた。前々から結んでいた約束が守られた事に対し、彼女の誠実さが伺えると同時に「惜しいことをした」と最期の姿をこの目で見届けれなかった事実が実に残念に思え、暫し眉を下げて見せた。


「団員とはぐれた」とは言うものの、何故はぐれたのか、何処ではぐれたのか等の詳しい記憶は思い出せない。傲慢な自分に愛想をつかしたのか、はたまた何処かで死んだのか。真偽は不明だが、殺人をショーとして披露しているくらいだ。いつどこで死んでもおかしくは無い。

ならば、このまま彼らを探し続ける必要はあるのだろうか? 生死も分からない相手を求め続ける事に意味はあるのだろうか? ──そんな思いが頭に浮かぶ。

「black widow が好きだった」と言うよりは「自分が悦楽とする行為を行える環境が好きだった」という方が正しいくらいだ。無慈悲に思われるかもしれないが、その環境が自分に与えられないのであれば、もう彼らを追い求める意味はない。

仮に彼らが生きて今も尚殺人ショーをやっているのならば、別にそれでいい。私は一足先に彼らとの日々を過去の栄光とし、引退とさせていただこう。

思考の整理を付け終えると、隣に立つ少女へ「ああ、もう朝になってしまったのか。……暫し長居し過ぎたかも知れんな」と言い、背後の街へと目を向ける。

ニュンの言葉に催促されるようにバイクの元へ向かえば、タランテラの瞳が入った小瓶をジャケットの内ポケットへとしまい込む。長く伸びた足でバイクを跨ぎ座席へ腰を下ろすと、後ろへ座るよう相手を促す。


「何処か行きたい所は?」

「行きたい場所……あっ、海!海がいいなあ〜っ!!ニュンね、タランテラちゃんに海っていうキラキラしてて綺麗なところがある、って聞いたことあるのっ!本当は一緒に初めて見たかったけど……でもね、もしかしたらみんないなのって、お外の綺麗な場所を見に行ってるからかもしれないから。」

海に行きたいという主張こそは朗らかで洋々としているが、彼女と見てみたかった、という本心は隠しきれない。ニュンの声色は寂しげに風に流されるようで、あくまで無意識に撫でる小瓶に触れる手は、爪を弾く無機質な音を奏でるのみで今は無情な存在に過ぎなかった。


「海か。この世界じゃあ殆どが汚染されているが……確か一つだけ美しさを保った海があったはずだ。」

海という言葉を聞き、Black widow として数々の場所を訪れた記憶を辿る。衰退したこの世界の海は殆どが汚染され、古びた本に記載されている美しさはとっくの昔に消えていた。

けれどもその中で一つだけ、まるで穢れを知らぬ無垢な少女のような、美しい海を見た事があった。量産された人工物の混ざっていないその海は光を反射させ星に似た煌めきを放ち、淡い潮の匂いが鼻腔を擽った事をよく覚えている。

ここ一体の地形を頭に思い浮かべ、現在地から差程遠くない事を確認する。優れた技術を持ち合わせていると分かる街並みをした相手が用意してくれたバイクだ、ここからじゃ暫し遠い自身の屋敷へ帰る前に多少の寄り道しても燃料は足りるだろう。

「いいだろう。貴様の望む場所へ連れて行ってやる。今からなら日が沈む前には到着するはずだ。さっさと後ろに乗れ。」

「やったあ〜!!えっへへ、女王蜂さんありがとお♡」


「ほらほらそうとなったら出発っ!!まだ朝日が綺麗なうちに走らせて、気持ち良い風に当たりながら行こうよお。」

初めて海というものを見に行けること、それになぜか記憶にないこの世界の景色を見に行けることにニュンは頬を緩ませながら心躍らせた。

サーカス団員として世界を回っていたはず、彼女も何処かから来たはずなのにそれすら覚えていない。靄がかかっているような、そもそも存在していないような掴めない記憶はなんとも心地が悪かった。

違和感を覚えつつも、また軽く風が吹いて前髪が崩れかければ一瞬の朝日が右目にも入り込み、「あっ、でもヘアセット崩れるのは嫌かもしれないなあ」なんて意識がそっちに持っていかれる。空いている方の手で前髪を整え直せばバイクの後ろに乗り込んだ。

「しっかり掴まっておくように。落ちても私は拾ってやらんからな。」

発進後落ちてしまわないよう、クイーンビーは自身を抱きしめる形で手を回せとニュンに言いつける。己の上半身に少女らしい細くか弱い腕が素直に回されれば、タランテラの瞳が入った小瓶を握る幼い手を上から包み込むようにして握り、改めて彼女にしっかりと持たせた。

慣れた手つきでエンジンを掛けるとバイクは意図も簡単に可動し、遅すぎず速すぎない丁度いい速さで走り出す。普段であればここからかなりのスピードを出すところだが、折角ならば早朝の心地良さを堪能しようと風が頬を優しく撫でる程度に留めた。

「もうもうも〜っ!そんなこと言わなきゃよかったーって思っちゃうくらいぎゅーって掴まっちゃうもんねっ!」

クイーンビーの胴にぎゅっと腕を回したのちに、わざとらしく膨らませた頬も背に埋める。

そういえばと、もう背中で見えないけれどずっと持っているような小瓶を改めて丁寧に握り直されたような気がして、ニュンは再度小瓶を触覚のみでだが認識する。

見ちゃダメなような、見ないといけないような、どうしてか胸の中がぐるぐると渦巻くようで。今だけは背中で隠れて見えないから。と言い訳をして、もう一度大切に小瓶を手で包み込めば横目で風景を眺めていた。心地の良い風は肌に当たれば夢から覚ますように冷たく刺してくるようにも感じて、風に紛れて流れ込んでくる香る血の匂いは甘ったるい香水では隠しきれていなかった。

きっとこの香りは今の何もを物語っていない、はぐれた仲間たちとの過去の物語を思い出させてくるだけ。なのに嗅ぎ慣れていないように感じるのは気のせいだと思いたかった。


クイーンビーとニュンの乗ったバイクが、代わり映えのしない景色に見送られながらユークロニアの街の外に出た、その時だった。


突如耳に入った銃声。背後で何かを掠める乾いた音がし、クイーンビーは車体を横へと傾け背後を振り返るようにしてブレーキをかける。タイヤへと目を向け、穴が空いていないことを確認すれば、街の方を軽く睨みつけた。

クイーンビーの視線の先。そこには記憶に焼き付いた一対の蛇__その片割れがいた。

「外したか。」

金髪のポニーテールが風に揺れている。

青年は舌打ちをすると、再度照準を定めんとしている。

こちらを睨みつけるマゼンダとシアンの瞳にはアグダと同じライトブルーの十字が浮かんでいた。

「ははぁ、殺意の込められた熱烈な送迎付きか。ユークロニアも手厚いじゃあないか。」

クイーンビーは背後の存在を確認した瞬間、ブレーキから手を離して進行方向へと車体を向け直す。街を抜けた時よりもスピードを付け、デルゼシータから逃げるようにバイクを走らせた。


「きゃーっ!なんだかニュン達狙われてるよお!早く逃げて逃げてっばあ!!」

「背中に風穴を開けたくなければ大人しくしてしろ」

文句を垂れるニュンに視線を向けず言うと、標準を乱すように軽く蛇行しながらスピードを示す針を左から右へと上げていく。

「おいニュン! 背後を確認して私に指示を出せ!」

ニュンは振り返り、こちらに銃を構えるデルゼシータの様子を確認した。

「……生きて返さない。」

彼は逃走しようとするバイクに向けて発砲する。蛇行運転するバイクの動きを予測し、タイヤに向かって発砲すれば見事命中した。

車体が跳ね、振り落とされそうになるのを二人は必死に堪える。

「遅い遅いおそーい!!ニュンが背中に乗ってることわかってるのーっ?どう走っても当てられちゃうんだから速く真っ直ぐ進んでー!!」

バイクはデルゼシータとの距離を離すべく最大速度で進んでゆく。


クイーンとニュンの乗ったバイクはユークロニアを囲む森の中に入った。

当然険しくはあるが、幸いユークロニアの住人により時折出入りがあったらしく、そこには踏み固められた道が出来ている。

デルゼシータは諦めること無く射撃を続けており、再びバイクが揺れ、今度こそ動かなくなるのではないかとひやりしたが、流石はユークロニア製のバイク。多少の損傷もものともせず、クイーンビーの運転に従い順調に進んでゆく。


やがて、背後から聞こえていた銃声が消える。攻撃が止んだのか? クイーンビーはそうしばらく考えてから、背後を確認したあの時、相手がどのように銃を構えていたか思い返す。明確な種類は分からないが、あの構えから推測するにアサルトライフルやスナイパーライフルでは無いだろう。街から現在地の距離を考え、相手を上手く撒けたことを改めて確認した。


「クソ……!」

デルゼシータは下唇を噛み、星のように小さくなっていく二人を見送っていた。

構えられた銃口は下げられ、硝煙がたなびいている。

「逃がしてしまったなら仕方ない、アニキと対策を考えないと。」

アイツらが応援を呼ぶかもしれない。そもそも、サーカス団に侵入された時点で、抜け穴があった。

同じ間違いは繰り返してはいけない。

息をつき、乱暴に髪を掻きむしる。

彼は流し目でもう見えなくなった二人を睨みつけ、建物の影に消えていった。


「どうやら上手く撒けたようだなァ。……最後の挨拶だ、街に向かって投げキッスでもしてやれ。」

スリリングな状況から上手く逃げ切れたこの状況を楽しんでいるのか、クイーンビーはニュンに冗談めかした言葉を掛けた。

彼の胴体を掴むニュンの腕が痺れてきた頃、周囲の景色は枯れ木に囲まれた荒野に姿を変えていた。

先程何故、自分達は殺意を向けられていたのか。ニュンはそんな疑問を頭に浮かべようとして、鋭い頭痛に襲われた。

すぐに考えるのをやめクイーンビーの背に頭を預ければ、バイクの速度が上がる。

荒野の風、痛む頭、握りしめた小瓶。それら全てがなんだか寂しくて、今はただ、早く海が見たい。そんな気持ちで瞼を閉じた。


暫くバイクを走らせれば、少し先で太陽の光を反射させキラキラと輝く水面が見え始める。心地の良い風に乗って潮の匂いが鼻腔を擽れば、いつかに見た美しい海がすぐそこにある事を示唆していた。

「……ニュン、頭を上げてみろ。海が見えてきたぞ。」

「ほんとだ〜っ!見えてきた見えてきた!ここまで思ったより風強かったなあ〜っ……狙われちゃった所為か。」

逃げてきたというのが正しい表現になってしまうように、風を切って先を行けば恐らく海、という場所にもう時期辿り着けそうな気がした。エンジン音に紛れる波の静かな音が、なんだか追い出されたあとのような寂しさを感じてしまう。

「も〜っ、髪飾り飛んで行っちゃってないかなあ?女王蜂さ〜ん。」

「飛んで行ったとしてもまた新調すればいい。」

海よりも髪飾りの心配をする彼女に彼らしい言葉を返す。そんな他愛のない会話を何度か交わした後、廃棄物の落ちていない白い砂浜の手前でバイクを止めた。


「さぁ、到着だ。」

視界を埋め尽くす広大な海。スポットライトのように輝く太陽は主役となる海を照らし、二人の視線を奪った。空を映した青はどの宝石よりも鮮やかで美しく、ふわりと香る潮と心地のよい波の音は、上がった心拍数を落ち着かせる。

彼が以前訪れた時に比べると少々賑わいに欠ける人数であるが、澄み切った海は変わらずそこに存在していた。

ニュンは呆然と目の前に広がる青色を視界いっぱいに映り込ませると、取り憑かれたように海へと歩みを進め、心地の良いようで悪いような不安定な砂浜という地に初めて足跡を残す。

靴に砂が入り込む不快さと相反して柔らかな風がふわりと髪とドレスを攫えば、そっと手を被せて先ほどの髪飾りの安否を確認した。爪先にカチリとイヤーカフの金具が当たれば安心し、そのまま髪を耳にかけ直しながら海という場所を黙って瞳に収めた。

少し進めば波が足を攫いそうになりそうだ。やってきたり逃げていったり、わがままな潮は水面を歪ませるから、覗き込んでしまった時今の顔を映し込まなくって気が楽だった。大事なものを抱えていない方の手で掬い込んだ青は、手のひらのちっぽけの中じゃ無色透明で、色すら保てない。それでも太陽が反射して、こぼれ落ちるその瞬間まで綺麗だった、そう思える。

ひとりだんまりとしてしまったせいか、やけに波の音がうるさく感じてしまう。ハッと少しの気まずさからクイーンビーの方に振り向く。どんな顔をしてるか分からないけれど。

「えへへ……これが海なんだねえ。どこまで繋がってるんだろう、ずうっと向こうにも人がいるのかなあ。

言ってた通りすっごく綺麗。こんなに綺麗で大きいのに綺麗だなあって思える海、ひとつしかないなんて可哀想だね。」

波の音が余計に人数の少なさを自覚させ、胸の中の寂しさが広がるだけじゃないか。もっと仲間がいれば、大好きな人がいれば、波に負けないくらいのおしゃべりが広がってもっともっと綺麗だなって思えたのかな。

目に入る青が痛くてたまらない。目の前の青色にだって姿を重ねてしまう。目を逸らしちゃいけないその今という現実は、悲しくも生きているからある。それすら感じられないことは楽なのだろうか。ニュンは少なくとも今は、楽なのではないかと思ってしまった。


「……そういえば、タランテラと見る約束をしていたんだったか?」

彼は海に行きたい、と話した彼女に改めて問い掛ける。相手の反応を伺えば、青い蝶を思わせる大きな瞳に蜂蜜に似た深い黄の瞳を合わせ、小さな手に握られた小瓶をコツン、と突いた。

「見せてやったらどうだ? 彼女にも。」

その言葉に、ニュンは喉の奥がキュッと苦しくなる感覚がして喉が震えた。すぐに声が出せずそんな様を隠すように俯けば、見ないふりをしていた小瓶と目が合う。

「……お約束は破っちゃダメなんだよ。だからニュンは悪い子だね、一人で先に見に行っちゃって。だよね、だよね。」

「いつからここにいたのかなあ……どうしよう、ずっとそばにいたんだっけ。わかんない、わかんない……みんなのこと探しにきただけのはずなのに、そしたらこんなに小さくなってるのっておかしいもん。ニュンよりおっきいのがタランテラちゃんだもん、夢じゃないのかなあ。」

これはひどい悪夢。だって頭が何かひどいものを忘れさせてるような気持ち悪い心地なんだから。そう言い聞かせたかった、でも頬に当たる風はずっと冷たくて刺すように痛くって、嫌なほどに現実で。

いつまでも夢を見ていいこどもでいられないの。いつもみたいに愛想振ってどうにかなるものでもないの。甘い平和はもうおしまい。平和を望まない世界で輝きたいと、彼女らのステージを見て舞台に上がったのは自分じゃないか。

小瓶が濡れているのはきっとさっき海に触れたから。それを優しく握っているんだから水を弾いて当たり前。決して自分から溢れて止まらないんじゃないんだから。そうやってわがままを言っていたかった。

「あれ、変だよね。なんでかなあ、ここにきてから泣いてばっかりって思っちゃったあ……泣いてないはずなのに、みんなとはぐれちゃったからここまで探しにきただけのはずなのに。」

「どうやってはぐれちゃったんだっけ、最後にどんなこと話したんだっけ、どんなお顔で別れたんだっけ。全部全部知ってるはずなのに思い出せないの。ニュン、おかしくなっちゃんたのかなあ、きゃはは……はは。」

震えて小瓶を落としてしまいそうになるのをグッと堪える。海に流して仕舞えば本当にお別れになってしまうから。落としていいのは涙だけ。二人しかいないのは幸運だったのかも、と思ってしまいそうなくらいひどい顔してるはず。お化粧がとかヘアセットがとか関係ない、ただただ胸の中で抑え込めなかった感情を波に攫ってもらいたい。

「こんな形で一緒に見に行きたくなんかなかった」。「お約束を破ってごめんなさい」。嗚咽に混じって渦巻いた感情を零さないと死んでしまいそうな気がした。

クイーンビーはポツリ、ポツリと弱い言葉を吐き出すニュンを静かに見つめ、海へと再び視線を戻す。大切なものを失った少女を咎めるなんてことはしなかった。隣から聞こえる嗚咽の混じった懺悔に近い数々の言葉は、穏やかな波と共に何処か遠くへと流れ、そして消えていった。

ニュンは小瓶の中の目玉を形見として、これは大好きだったタランテラであると認識しきれない自分が居る事を理解した。でも飲み込まれそうな瞳には変わりなくって、愛おしくて確かな感情のまま優しく撫でてしまう。

「……ねえタランテラちゃん、ニュン、来世になんか期待してないけれど、もう一回会えるのなら、今度こそおてて繋いで見れたらいいね。お約束できないけど、そう願うくらいいいよね。」

こうやって誰かを愛せる気持ちがあってよかった。泣き疲れるくらいの感情を持てることって、きっとそれは幸せかもね。

そう考え、頭を少し覚ませた後「せっかく連れてきてくれたのにごめんね」と呟いて、あんなに見たかった海をぶっきらぼうに後にした。やけに煌めく綺麗な青色が目に焼き付いてしまった。やっぱり小瓶の瞳と目を合わせるのが怖くって、少しばかり後悔してしまう自分が大嫌いになった。


ニュンに続き、クイーンビーも何処までも広がった青い海に背を向ける。白い砂浜には大きな影と小さな影が並び、今ここには二人しか居ないのだ、と改めて実感させた。

停車したバイクの元へ辿り着けば、先に座席を跨いで座り、相手が座るのを待った。来た時同様に自身へ抱きつかせると、再度エンジンを掛け直す。

次に向かう場所はBlack widow に入団する前まで生活を行っていた館。ここから少し離れた位置にあるが、夜までには無事到着するだろう。

太陽は海の中へ顔を隠そうと次第に傾き始めている。暖かさを纏った光と優しい風を体に受けながら、バイクは通常通り進行していく。背後から突然撃たれることも無ければ、振り返った先に何かがある訳でも無い。

ここに辿り着く前のような期待感は薄れ、ただひたすらに静寂が二人を包んだ。


Black widow に入団してから暫く空けていた家は、彼に全てを捧げた従者達によって埃をかぶる事なく清潔さを保っていた。

Black widowと共に姿を晦ましていた主人が突然帰ってきたものだから、最初は皆も驚いていたが、主人の帰還を心の底から喜び、即座に食事や風呂の準備を済ませ、過ごしやすい環境を用意してくれた。

腹を十分に満たし身を清めれば、疲れきった体は眠りを求め ベッドへと沈む。

──ただ団員達を探していたはずなのに、どうしてこれ程にも疲弊しているのだろうか。

幾つもの舞台を終えた時に似た体の感覚に、ふと、そんな疑問が彼の頭に浮かぶ。

そういえば、身に覚えのない銃創や火傷も体に残っていたような。風呂場に設置された鏡に映った己の肉体を思い出しながら、バスローブから覗く肉付きのいい足をなぞり、手触りの悪い傷を撫で付ける。これは何処で負った傷だろうか。誰に負わされたものだっただろうか。

霧かかった記憶に手を伸ばそうとした瞬間____鈍い痛みが頭を襲った。

「……ぅ゛、……」

顰めた顔の唇から小さな喘ぎが漏れる。疲弊しきった頭で思考を巡らせすぎた代償か、はたまた別の理由か。明確な原因は分からない。痛みから逃れるように顔を動かせば、危険を示す黒と黄の髪は乱れ、枕へ無作為に広がった。

長く伸びた睫毛を揺らして瞼を伏せる。

今はとにかく休養に徹するとして、その後は傷痕が残らぬよう腕のいい医者に頼もうか。損傷の激しい衣装も新調しよう。あとは顔を見せていなかった客の元へ足を運んで、それから……、

溶けるようにゆっくりと意識が薄れていく。周囲の音は完全に遮られ、もう誰の声も聞こえない。

そうしてテント内で眠ることに慣れてしまった体は久しぶりの自室に違和感を覚えながらも深い眠りへと落ちていった。


館に戻って来てから数週間。彼はサーカスへ入団する前と殆ど変わらない生活を送っていた。変わったことと言えば、目の前で眠る少女の世話をするようになった点だろう。

「まだ起きていない悪い子は誰だ?」

「んえ〜〜……よく寝た方がお肌にいいんだよお……それに身長も伸びるからあ……」

彼はニュンのベッドに腰を掛けて顔を覗き込む。憎たらしいほど健やかに昼寝をする彼女の頬を掴むと左右へ揺らし、起床を促した。

「んーーっ!!痛い痛ーい!!ひどおい!!眠ってる女の子にそんなことしちゃだめでしょお!!」

ニュンは眠い目を擦りながらもベッドを沈ませた犯人の方をぷくっと頬を膨らませながら睨みつける。

そこには、綺麗にセットされた髪に派手な装飾を付け、濃く鮮やかに彩られた目元をレースで隠したクイーンビーが居た。

メイクとあったシックな黒の衣装は露出はあれど下品に見えることは無く、首元を飾る高価そうなネックレスは幾つもの宝石が輝いている。

いつもと違う雰囲気をぼんやりとした視界からでも認識したニュンはキラキラとした装飾に目を奪われる。化粧教えてもらいたいなあ、なんてぼんやりと考えながら「わあ!今日はなんだかいつも以上に素敵ね女王蜂さん」と香水の匂いに踊らされ、ころっと態度を変えて指摘する。高価なネックレスをよく見てみたくって手を伸ばすが、寝転んだままの体では全く届かなかった。

「ふふ、それはどうも。」

クイーンビーは感謝を口にすると骨ばった大きな手で白い蜘蛛の糸に似た繊細な髪を軽く梳いた。

ニュンは少し癪に感じながらも、まるで慣れた手つきは心地が良かった。それを口にすることは勿論無いが。

飼い慣らされているようだったけれど、むしろその表現はあながち間違っていないのかもしれない?みんなもいなくなっちゃうし、ニュンは自分のお家を覚えていないし、だからってふかふかのベッドで眠れるなんてなんて贅沢なんだろうか。

「朝まで暫く留守にする」

されるがままにされながらもだらしなく体勢を変えて、あまり聞き慣れなかった言葉に反応する。ふと、握っていたはずの小瓶はいつの間にか一人でに枕から落ちていて、慌てて握り直しながらもう一度ベッドから立ち上がり、服の裾を手で直すクイーンビーに訪ねた。

「朝までえ?え〜っニュンをおいてどこいっちゃうのお?帰ってきたら寂しくて死んじゃってるかもだよお。」

「食事を取りたくなったらメイドに言えば用意してくれるだろう。風呂も同様だ。外出したい場合は御付きの者を。」

彼は再三言った決まり事を言うと、最後に「いい子にしているように」と意地らしく笑い、ニュンの言葉を流して部屋を後にした。


「はいはいはあい、そう言われなくてもニュンいい子だも〜〜んっ。ね〜タランテラちゃ〜ん。」

そう言いながら小瓶を撫でる。まだ眠たい思考は夢に見たステージみたいで。コツンと爪を弾いてタランテラと目を合わせる。彼女ならばにゅんは良い子ですものね、と言ってくれるはずだろう。小瓶に反射した自分の顔はいつも通りで、そんな穏やかな平和が懐かしく感じた。

パタリと部屋を後にする音を聞きながら窓を覗くと、優雅に翅を羽ばたかせる真っ白な蝶に思わず「わあ〜!」と歓声を上げてしまった。

だって初めて見たんだもん。……?普通見たことあるはずなのに、なんでそんなこと思っちゃったんだろう。ヘンテコな頭はきっとまだ寝ぼけてるせい。そう思っていればいつの間にか窓からは見えなくなってしまった。


クイーンビーが車で移動した先はやけに広い何処かの建物。黒服を着た長身の男に案内され、豪華な装飾の付いた扉や壁に飾られた絵画を数個過ぎた先にある一番大きな扉へと入る。

室内には彼に負けない程高級品で着飾った女が待っており、彼を見るなり嬉々とした表情を浮かべて抱きついてきた。

「久しいな、ハニー。」

勢いに押されることなく女を受け止めれば、質のいい長い髪を撫で付けて毛先にキスを落とす。

そうして軽く挨拶を交わして席へと着けば、早速ワインが運ばれてくる。久しく会えていなかった女は腕を絡ませながら自身にあった出来事や彼への愛情を語り、彼は相槌を打って愛想良く聞いていた。


酒と酔いがすすんだ頃、女がとある話題を口にした。

「クイーンビーって、サーカスをやっているんでしょう? 」

サーカスとの言葉を聞き、持っていたワイングラスをゆらりと揺らす。「ああ。もう辞めてしまったがな」と端的に返事をすれば、女は既に退団済みとの事実に眉を下げた。

「私、貴方の舞台を見に行きたかったのだけど、都合がなかなかつかなくて……やっと都合がついたと思ったのに、辞めちゃっていたのね。つまらないの。」

「はは、だが辞めたお陰でこうして私と会えているのだろう?」

「それはそうだけど……私は貴方が舞台に立っているところをこの目で見たかったの!」

女は口を尖らせ少し俯く。拗ねた相手の機嫌を取ろうと肩を抱き寄せ、心にもない謝罪を口にした。

すると女も絆されてきたのか、ゆっくりと顔を上げて言葉を続ける。


「ねぇ、折角だからお話聞かせて頂戴よ。Black widow……だったかしら。貴方がいた、サーカス団のお話」

キラキラと輝く期待に満ちた眼差しが向けられる。

そうして相手の期待に応えるように、過去に浸るように、彼はBlack widow を語って見せた。



毒々しい色合いをしたサーカステント。蜘蛛にBlack widowと書かれた看板。煌めく舞台に広がった赤は美しく、不愉快な鉄臭さを放っている。興味と興奮が入り交じった歓声が客席からテント全体へと響き、演者を称える拍手は実に気分がいい。

幼くも力強い少女の声が場を仕切り、誇らしき演者を紹介していく。


「彼は勇敢な調教師、彼の手にかかれば獰猛な猛獣さえこの通り。今夜は哀れな蝙蝠をどう調理するのか、全ては彼の気分次第……」


「彼は気高き水鳥。投げたナイフの自在さはまるで宙を泳ぐ魚でございます。今宵の的は百発百中の技から逃げ切れるのでしょうか?」


「彼は意気軒昂な小怪獣。その愛らしさに惑わされる事なかれ。炎の扱いに長けたプロの技をとくとご覧下さい!」


「彼女は残虐な野兎。空中を跳ね、相手を翻弄する姿は被捕食者に非ず!劈く悲鳴、苦悶の表情、舞台を濡らす赤さえ、彼女のアクセサリーとなりましょう」


「彼女は寂然たる大蜘蛛、その一挙一動は恐れるほどに美しい。ひとたび舞台に上がれば既に彼女の手中と心得よ!」


「仰ぎ見よ!この方をどなたと心得る。彼は妖艶な女王蜂。あるがままに舞う姿は誰もを虜にすることでしょう。さあ、その美貌に存分に溺れて下さいませ」


「彼は聡明な奇術師。己を蝕む程の探究心は今、鮮烈な芸術となって舞台へと上がる。その技術はまさに神業!瞬きの一瞬すら、どうかお見逃し無いようお願い致します」


「彼女は黒衣の天使。迷える人々を導くはその炎。炎と一体となった彼女の前では、この世の神秘さえも頭を垂れることでしょう」


「そして、私は熱狂の魔女。価値なく生き、価値なく死ぬ命をこの世から消し去る為に、ここに立つ。価値とはすなわち、人の持つ醜く美しい狂気!私の魔法は、それを引き出し、輝かせる……」


個性溢れる舞台は人々を殺し、己の命さえも危険に晒す。

撲殺、刺殺、銃殺、焼死……彼らの最期は彼らだけの特別な瞬間で、どれも最低で最高なパフォーマンスであった。

そうして一人、また一人と死んでいく。

最後に一匹取り残された女王蜂は、壊れた巣から出て新たな巣へと飛び立っていった。

Black widow の団員はもう誰一人として残っていない。

けれども彼らの話題が完全に消え去ることはないだろう。


彼の命が尽きる、その時までは。







シュールはタワーの上階で一台のバイクが街を出ていく様子を見ていた。

ゆっくりと遠ざかってゆく、かつての仲間達の姿に感じるのは暗い安堵で、ユークロニアの住人となった自分達とはもう二度と会うことはないのだろうと、取り返しのつかなくなった選択に心が沈むのを感じる。

サーカス団としての思い出にも楽しい瞬間はあったが、ウィッチが居なくなった時点で自分を縛り付けるに足る物は無くなったのだ。

これからはマリアとの幸福な時間で生涯を埋めよう。

完全に見えなくなった過去に背を向けると、割り当てられた部屋に帰ることにした。

No.9999431の部屋の前に立つと、スライド式のドアが音もなく開く。

白基調で統一されたベッド、机、椅子、クローゼットだけのいかにも初期状態といった飾り気のない部屋が出迎える。

──そんな筈だった。


嗅ぎなれた生臭さとツンとした刺激臭に異変を察知するよりも先に、部屋の中央に横たわる臓物を引きずり出された惨殺死体が目に飛び込む。

死体から吹き出したのであろう、血液が全体を赤く染め、同じく赤色を纏った彼女がシュールの方を見た。


血液が冷えてゆく。指先が震える。悪寒が走り、背筋に冷や汗が伝う。

は、は、と浅い呼吸を繰り返す口は、思わず“ウィッチ”と、彼女の名を呼んだ。

どうして、何故、こんな筈じゃなかったのに!

マリアライトの瞳が細められる。弧を描いた口が自分の名を呼ぶ。くすんだ金髪のツインテールとパニエで膨らんだスカートを揺らしながら、こちらに近付いてくる。

彼女が一歩踏み出す度に心臓を握られるかのように苦しみ、点滅する視界では彼女がウィッチなのかマリアなのかも分からなかった。

「ウィッチ!!!」

彼女を突き放すようにそう叫ぶと、ぐにゃりと視界が歪み、暗くなっていった。


視界が開け、一面に白が広がる。周囲を見渡せば白基調で統一されたいかにも初期状態といった飾り気のない部屋があり、自分は今、部屋のベッドに寝転んでいるようだった。シュールは少し考えて、先程まで夢を見ていた事を悟る。

寝巻きは汗を吸い込んで不快だった。飛び起きて荒い呼吸を整えれば少しは落ち着くだろう。

それにしても不快な夢だ。マリアの無事を確かめる為に、慌てて部屋を飛び出して彼女を探しに行った。


彼女の居場所として真っ先に思いついたのは、隣のNo.9999430の部屋。

そこはマリアに割り当てられたナンバーの個室だ。急く気持ちのまま叩いた扉は程なくして開かれる。

「おはよう、シュール!どないしたん?朝ごはんにはまだ早いで。」

不思議そうな顔をしてシュールを出迎えたマリアには傷一つなく、勿論返り血の一つもついていない。

少女の顔に浮かぶま丸い瞳の中央には青白い十字架が浮かんでいて、それは彼女がどうしようもなくウィッチではなくマリアであることを示していた。

__自分が愛したのは本当は誰だっけ?

不快な夢を見ていたせいか自分の中から消し去った筈の存在がチラリと脳裏に浮かんだ。

そんなものはとっくに捨てた。

自身に言い聞かせるように強く目の前のマリアを抱き締めた。

「…ううん何でもない。ちょっと早起きしちゃってさ。」

「実はうちもそうやねん、今日はなんか嫌な夢見てもうてさ。詳しくどんな内容やったかは忘れたんやけど、大事なもん無くしたようなそんな感じがして……」

そっとシュールを抱き締め返したマリアは、優しい力であやす様にシュールの背を叩く。

「ま、うちはシュールがおれば何も要らんし忘れたって事は大した無くしもんやないんやろ。いひひ!」

「夢を……そうか、怖かったねもう大丈夫だから。大切なものはここにあるよ。」

違う表情で紡がれる独特な笑い方、普段なら可愛らしいと思えるそれも今は得体の知れないナニカに感じられて怖かった。

まだ脳の切り替えが出来ていないのか、ぐわんと頭が揺れる。

「ところでマリア、今日の予定は何かある?何も無いなら少し外に出ようよ。」

「う〜ん……でも、今日はサーカス団が出てくまで外出禁止令が……」

そう思案するマリアが、思い立ったかのように「あ、」と呟く。

「そうや!外は外でも、タワーのバルコニーに出てみるんはどう?何やら庭園みたいになっとるみたいやで。」

どうやらこのタワーの途中階には、住人達のコミュニケーションの場として食料配給所を兼ねた広場や、遊具の置かれた公園、本物そっくりの造花が美しい庭園が設けられているらしい。

他にも落ち着けるプラネタリウムや住人達が週替わりで展示を行うホールもあるが、外出を擬似的に楽しむには彼女の言う通り庭園に出るのが良いだろう。

「そうだね、俺もそこはまだ行ったことがないからそこに行こう」

少し待ってて、と言うと自分の部屋に一旦戻り身支度を整え再度マリアの部屋の扉を叩いた。


「何処に行こうか、行きたいところはある?」

「んー……そうやなあ、庭園を見て回った後に広場で朝ごはん受け取って、公園で食べるってどう?」

マリアは明るく表情を綻ばせてシュールに提案する。

「いいね、そうしようか。せっかく朝早く起きれたんだからね。」

彼女の提案に乗ると小さな手を握り目的地へと足を進めた。

庭園の造花はユークロニアの外で見た事のある本物の花となんら変わりないようにシュールの瞳に映った。ここの技術はとても進んでおり素直に感心する。

「こんなに綺麗なら世界中の花は造花でもいいのかもしれないね。」

シュールはそう冗談めかして言うとマリアに微笑む。

彼女はシュールの笑顔にしばし見とれるように顔を見つめていたが、やがて口を開く。

「せやね。造花やったら枯れることもなく、ずっと綺麗なまんまでおれる」

永遠に散ることの無い、美しい造花。

しかし、それは命を宿さない。

結局は見る者のエゴの為に作られた、ただの精巧なプラスチック。

規則的に並べられた色とりどりの花も、ベンチに陰を作る木も、庭園を散歩する他のクローンも、目の前で微笑む彼女も、全て作り物だ。

作り物だからこそ、叶う永遠と美しさがあった。

だって、ほら。目の前で微笑む穏やかで優しいマリアは、自分だけを見てくれる、幸せそうに微笑んでくれる。

それでシュールも幸せだ。幸せなはずだった。

それが自分の望んだ未来のはずなのに、その笑顔を見る度に脳に痛みが走る。幼い青年が経験するにはあまりにも急で悲惨な出来事が重なり過ぎたのだ。

チグハグな彼女を見る度にこんな気分にさせられるのなら…いっその事全て忘れてしまえば楽なのにと悪い考えが思い浮かぶ。

しかし、それをシュールは選択しなかった。

ウィッチを忘れたい訳では無いのだ。悪夢に苛まれようと目の前の少女との区別がつかなくなろうと彼女を愛したことには変わり無かった。

「でもね、造花の素晴らしさは本物の花があってこそだと俺は思うんだ」

マリアを本当に愛せるのはウィッチとしての彼女を知っているからこそだと思った。何も知らない自分は果たしてマリアを本当の意味で愛せるのだろうか。それは考えても分からなかった。

「だからね、俺は悪夢ごと愛そうと思うんだ」

呟かれた独り言はマリアの耳には届くことはない。


「……なあ、シュール?なんか抱え込んどるんやったらうちに相談してくれてもええんやで?」

内容は分からずとも何かを背負っている事は理解出来たらしい、心配したマリアはシュールに問いかける。今誕生したばかりの新しい生命に自分の抱え込んだもの全てを話すにはまだ早いと判断したシュールは柔い頬を撫で、答えた。

「…なんでもないと言えば嘘になるけど今のマリアに相談出来る内容でも無いかな?だから少し待っていて欲しいんだ。俺がもっと大人になれたらきっと話すことが出来るから」

「んー……わかった、シュールが言いたなるまで待っとるわ」

マリアは頬を撫でる感触に心地良さそうに目を細めると、そのまま穏やかに微笑む。

「ありがとうマリア、いい子だね」

荒んだ気持ちは晴れ、穏やかに流れる時間に身を任せる。

ここはユークロニア、昔の自分ならば異常だと批判したディストピア。そんな場所でも愛おしい彼女となら何にも変え難いユートピアに思えるようになったのだ。

少なくとも、あの悪夢が正夢にならないうちは。






あれからクローン生成所に戻ってきたデルゼシータは扉を開け、入ろうとノブに掛けた手を止めた。

中から聞こえてきた、聞き馴染んだ子守唄が先の失敗でささくれ立った心を和らがせる。

いつまでも聴いていたくなってしまう気持ちを抑えて部屋へ足を踏み入れた。

「おはよ〜、アニキ。調子はどう?」

無遠慮ながら距離の近い調子でアグダに声をかけると、彼は歌うのをやめてデルゼの方へ駆け寄った。

「テディ!」


「目が覚めたんだね、君こそ調子は大丈夫?見たところ不調はなさそうだけど何かあればすぐに言ってね」

「俺はいつも通り問題なし!」

デルゼシータは片腕を掲げその二の腕に手を置き、元気さをアピールする。

「……それより、サーカス団のやつら逃がしてよかったのか?」

記録にある彼らの悪逆非道、道中の静まり返り戦闘の痕跡が残った街を思い出し顔をしかめる。

「前の君が死んでしまった後、何人か戦力を削ってから残ったサーカス団達と取引をしたんだ。彼らはユークロニアに関する記憶を消した上で出て行く。こちらは街の外に出る為の乗り物を用意し、今後サーカス団員の遺伝子を使ったクローンを作らないものとして、採取した体液等を処分する。記憶を消すにあたって脳にチップを埋めたから、彼らが再びこの街に近付けばすぐ分かるよ」

アグダはデルゼシータを安心させるように穏やかに微笑むと、「クイーンビーさんはユークロニアに対してあまり興味が無かったし、ニュンさんは特に長期間の記憶を改変した反動として、この街のことを考えれば強い頭痛が起きる。残ったのはこの二人だ。この街に来る理由が無い。だから、大丈夫」と付け加える。

「そっか、それならまぁ……」

ソイツらが不審な動向を見せたらすぐわかる。十分に向かい打つ準備はできるか。

となると、次に警戒すべきは二つ。

「他にもいなかったか?ウチ……?とか呼ばれていたヤツ」

監視室で確認した、サーカス団と思わしき者。彼女は俺が着ているものと同じ制服を着ていた、ということは体面上仲間ではあるだろうが。記憶にある狂乱の魔女が寝返ったとは思いがたい、デルゼシータが死んだ後、アニキが対処したのだろうか。

アグダはデルゼシータのそんな疑問に対し、嬉しそうに告げる。

「ああ、彼女はユークロニアの住人になったよ。サーカス団員だったシュールさんと一緒に。

死んだウィッチさんをNo.9999430のマリアさんとして再生する代わりに、シュールさんはこの街に与するという内容で取引したんだ。」

そうか、魔女は討たれたのか。

何が起きたのか過程はわからないが。

「アニキには苦労をかけたな」

あんな形で退場してしまって、結局アニキを一人残してしまって申し訳ない気持ちになった。

「……そのシュールってやつの言うことは、信用できるのか?」 

デルゼシータは、サーカス団という単語に眉をピクリと反応させ、怪訝な表情を浮かべる。

本人には言えないが、アニキの騙されやすさを懸念しているところもある。AIの彼はどうも言葉を額面通りにしか受け取れない。

「…………えっ。」

デルゼシータの予想通り、その可能性はまるで考えていなかった、とでも言いたげに彼の顔色がみるみるうちに青くなってゆく。

……やっぱり、何も考慮していなかった。

その無機質な純粋さもアニキの好きなところだけれど。

彼の瞳と頭部パーツの十字が一瞬にして青から黄色に変わり、デルゼシータの肩を掴むと揺すり始めた。

無抵抗で揺さぶられるデルゼシータは虚空に焦点を置き、その頭は首振り人形のように揺れている。

「た、確かに……!?え〜〜っ!突然街をメチャクチャにし始めたりしたらどうしよう……!今更だけど頼んで頭にチップとか埋めさせてもらおうかなあ!?」

「健康診断とでも言って隙を見てコッソリ仕込めば……。まぁ、本当にソイツが協力的なら、そのまま頼んでも受け入れるはず。嫌がる素振りを見せたら彼らを疑った方がいいんじゃないか?」

「健康診断で麻酔かけたら流石にバレちゃうだろうし、正直に言うよ……」

アグダはデルゼシータから手を離すとがっくりと項垂れる。解決法を見つけられたからか、彼の頭部パーツの色が青に戻り、少し経って顔を上げたアグダの瞳も同様だった。

「そうだな。勝手にチップを埋め込もうとしたら、それはそれで不信感を買うだろうし」

そう言うと、項垂れるアグダを見守るように見下ろし合意する。緊張感が緩み、つい頬が綻ぶ。

「テディが居なくてもサーカス団を追い出せたって思ってたけど、やっぱり駄目だね……人間の言うことってなるとそのまま信じちゃって、ちょっと前に裏切られたばっかりなのにまだ疑えないや。うう……不甲斐ないお兄ちゃんでごめん……」

「今回ばかりはイレギュラーだから仕方ない。それに、そんなアニキだからこそユークロニアのみんなはアニキを慕ってついてきたんだと思うぜ?俺がその一人だし」

「ありがとう、一番最初のクローンが君で良かったとつくづく思うよ。」

アグダは遠慮がちに微笑み返すと、後ろを振り返り、ユークロニアの人口分並んだ培養槽を眺める。

デルゼシータから始まったクローンの住人は街の発展と共に数を増やし、現在およそ一千万人。

「……よし、今からホログラムを飛ばしてシュールさんに事情を話してくる!助言ありがとう、ユークロニアをここまで大きくできたのはテディのおかげだね。」

「だろ?……なんてなー!」

デルゼシータは顎に手を当てると、冗談ぽく笑い飛ばした。

アグダにつられ、同じく視線を培養槽に移す。

あの一つ一つが、デルゼシータとアグダとの苦労と共にいた時間を示している。

「アニキのおかげ…でもあるだろ?俺はお手伝いだよ。それに、感謝するのは俺のほうだぜ?俺を最初のクローンに選んでくれてありがとな」

障害にぶつかりそれを乗り越えるたび、こんな会話をしてきたなとデルゼシータはふと思い出し、目を細める。

もし、俺が最初のクローンじゃなかったら。

もし、過去の俺がアグダをアニキと呼んでいなかったら。

どんな街になっただろうか。

何度となく想像してきたが、今となってはもう今の形以外の想像はできない。

「あ〜、それと外への警戒をつよめないとな。元はと言えば、忍び込んできたサーカス団に早い段階で気づければ防げた事案だろう」

「そうだね……できる対処としては外壁を築くとか、頭にチップの埋まっていない人間に反応するセンサーを設置するとかかなあ。あと皆に外から来た人には警戒するよう教えないと。もう二度と、僕達の幸福を邪魔させない為に。」

アグダは祈るように目を伏せると、ライトブルーの手袋で覆われた指先が胚の浮かんだガラスケースをなぞる。


ここは人工知能が支配する街、ユークロニア。

屍の上で成り立つ平和。

生を冒涜し、自由を侵害した幸福。

底の知れない停滞は、まだ途方もない時間続くのだろう。

クローン生成所では、相変わらずアンドロイドが子守唄を歌っている。

理性的な美しさを持つ青年のような形をした、それは愛おしそうに培養器の胎に収められた胚たちを眺めていたのだ。

優しく穏やかな声は整った調律で、クローンを生み出し続ける為の無機質な部屋によく似合う。


幕が閉じた後の舞台では、彼らの人生の再出発が始まる。

襲撃者との戦いの末、生き延びたクローンは治療を受け、死んだクローンはサーカステントに入る前の記憶を引き継いで再生された。

クローン達は、四十年と短い寿命をすり減らしながら再び戻ってきた平和な日常を享受するのだ。

街の外では、戦争を生き残った人々によって復興された土地がちらほらと栄えており、ユークロニアから逃げ延びた二人はそこで残りの人生を過ごすのだろう。


「可愛い可愛い人間達。

これからもずっと、君達の幸せを願っているよ。」


その言葉は、街のクローンへ。街の外にいる人々へ。全ての人類に向けた、人工知能達の祈り。

これからも、貴方達の望んだ未来は続く。

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