act 2


今日という日はよくも呆気なく訪れたものだ。
ローレルはそんなことを思いながら舞台裏のぼんやりとした光を眺めていた。
 間もなく開演とのことで周りではサーカス団員達が忙しなく動き回っていて、小さな話し声や雑音が程よく気を紛らわせてくれる。
「緊張しとるか?」
 ひょっこりと大きな帽子を揺らしてウィッチは現れた。そしてローレルに没収してた武器、スコップを手渡す。装飾されたリボンもそのままだ。少し迷いながらもそれを受け取った。
「今のうちに喋っときたい事あれば喋っときい。演目が始まったらそれに集中してもらわなあかんからなあ」
 彼らの顔を交互に見て喋りかける。

「そりゃあ緊張はしてるよ。……でも、もうなにも君たちに奪われたくないから」
「僕の準備はバッチリだよ!」
 ウィッチにパチン、とウインクしてみせた後、今回の対戦相手であるローレルに向き合う。
「今日はよろしく!」
「うん、よろしくね」
「僕ね、君が花とか好きって聞いたから用意したよ♪一緒に演目を担当する相手だから少しの敬意くらい、ね?」
 差し出されたのは互いの健闘を祈る握手では無く、ブーケだった。
もっともそこら辺に生えてる雑草、枝、フィアスの今朝の食べ残しかもしれないなにかの骨などを雑にまとめたブーケとも呼べないお粗末なガラクタの、ゴミの寄せ集めだ。それでもP.N.Gの顔は満足そうだった。
 一方ローレルはブーケらしきものを見ると大きな目を瞬かせる。しかし普段の人好きのする笑顔は浮かべられることはなかった。
「確かに植物は好きだけど植物を粗末にする人は苦手だな。リサーチ不足じゃないかな」
「粗末……そっか、確かに引っこ抜いちゃダメだったか……まぁこれは君のためだから後で持って帰ってね!お兄さん柄にもなく君たちの為に頑張っちゃったんだから、僕の頑張り粗末にしないでね!」
 受け取る様子はなさそうなローレルに彼はまだ諦めずにブーケをグッと押し付ける。
「……これから戦うっていうのに随分と楽しそうだね。戦場に置いてたら君の頑張りが無駄になっちゃいそうだし…」
「そりゃ〜これからするのは人を楽しませることだし、まずは演者側が楽しんでなきゃね?僕達がつまらなそうにやってたらお客もつまらないよ。僕がみんなに楽しんでいいよ!って伝えるから新入りさんは肩の荷下ろしていいからね。」
 想像以上に折れない様子に根負けしたのか置ける場所を探すように辺りを見回す。だがここはステージの上、当然丁度よさそうな場所がある筈もなく、仕方なく観客席の一番手前を指さした。
「そうだな、そこの席に置いておいてもらえるかな。親切を無下にするのも悪いし後で貰っておくよ」
「あ〜これ持ってちゃ満足に戦えないか!これは最後に渡すべきだったね。じゃあそこ置いてていいよ忘れて帰んないでよ?」
 話が通じないのか、彼が自分の為に行動するのが当たり前だと信じて疑っていないのか君が置いてきなよという視線を向けて渡そうとするポーズのまま待っている。
「言いたいことは沢山あるけど…新入りじゃないよ。それと、これを楽しめるような人にはなりたくないな。人を殺して楽しむって悪趣味だよ」
「うん、忘れないよ。物覚えはよくないけどそれぐらいは覚えられる」
 いつまでも置いて来ようとしないP.N.Gを暫く待っていたが痺れを切らしたのか呆れたように受け取り観客席へ置いた。その様子を気にすることなく、ブーケを受け取ってもらい満足そうに中央へと歩き始めた。振り回されるのに慣れているのか、文句一つ漏らさずに黙ってその背中に着いていく。
「フーン…じゃあお手並み拝見ね。」

「話は纏まったか。ほな、自分らは今から演目が終わるまでの間、“最高の舞台にする”為に生きて貰う。舞台に上がるってそういうことやろ?一度限りのショーは演者と観客、両方の心に深く刻まれ永遠に残り続ける。イヒヒッ……安心しい、腰抜けたり狼狽えたとしてもパフォーマンスとして美味しいもんや」
 中央に揃った二人の背を叩き、独り言のように呟く。
「殺人ショーは人の生きる姿で最も鮮やかな部分を映し出すと思うとる。ウチは沢山の人に美しく生きて欲しいんよ。せやから、この街にはクローンの自分らを特別な一人にする為に来た」
 指をパチン、と鳴らすと照明が全て落とされる。
「さ、出番や。期待しとるで」
 いよいよ始まるというのに、不思議と心は落ち着いていた。武器を確認するようにぎゅっ、と握り締めた。
「お集まり頂きありがとうございます。これより、殺人ショーの第二幕の公演を開始致します。」
 アナウンスの数秒後、丸いスポットライトの光が二人を照らす。観客席から観てる時にも思ったが相当明るい。人工的な光と熱がジリジリと身を焦がす。

決意は固めた。自分は街を守るために、もうなにも変わらない幸せな生活を取り戻すために舞台上でP.N.Gを見据える。しかし、実践も少ないものが戦場に立つとはどういうことか。ローレルの決意した瞳の中には、僅かだったが怯えも見て取れる。

 目を閉じて深呼吸、P.N.Gが行う演目前のルーティン。
目を開けた彼は先程までのふざけた表情とはまた違った、しかし依然として自信満々の笑み。上がった口角から白い歯が見えている。
目に映るのはローレルの覚悟を決めたか姿それともその先の未来の姿か。
「彼は気高き水鳥。投げたナイフの自在さはまるで宙を泳ぐ魚でございます。今宵の的は百発百中の技から逃げ切れるのでしょうか?」
 声高らかに紡がれるアナウンスの言葉通りに、P.N.Gの姿は気高きものに見えるかもしれない。

「……ごめんね、あんまり手加減はできないかも」
 振り上げたシャベルは力の入れ方を見誤ったのか宙を切った。
「おっと!いきなり活きがいい!」
 大振りで大雑把な攻撃など見切るに容易い。体を逸らして軽々と避ける。
そして思い出したかのように客席側に体をす、と向け自己紹介を始めた。
「紹介に預かりました、僕はP.N.G!ようこそ僕のステージへ!僕が扱うのはこのお魚…」
 バケツから一つナイフを取り出すと手を巧みに動かしまるで生きてる魚のように見せる。
それから魚を口に運びあーんと飲み込んでみせた。
「なんちゃって。」
 ローレル目掛けてナイフが飛び出す。
飲み込んだように見えた魚…否、ナイフはまだ手元に残っていた。
振り向きながらローレル目掛けて投げていたのだ。
「……っつ、」
 P.N.Gのパフォーマンスに気を取られ反応が遅れる。その一瞬が命取りだったのだろう、だが致命傷は避けられた。刺さった魚型のナイフを腕から外し、床に放る。血と共に床に投げ捨てられたナイフは確かに魚みたいに生きているようだった。
「こんな時に自己紹介、かい。やっぱり君たちにとってこれは遊びなんだろうね。…そんな人に僕たちの生活を壊されるわけにはいかないな」
 改めてシャベルを構え直す。当てられるかなんて思考の範囲外だ。ただ一心に、ただ一人を狙って踏み込んだ。
「遊びだなんて失礼だなぁ真面目に自己紹介してるのに!ちゃんとした場所だからこうやって形式守ってやってんの、わかんないかなー?あ、リサーチ不足?」
 先程舞台袖で言われた言葉を返すように、そして言葉だけでなく刃もすかさず飛んでいく。
「わかんないしわかりたくもないよ。…リサーチ不足じゃなくてリサーチしたくないんだって。残念だけど君とは仲良くするつもりはないし、敬意もないよ」
 次々に繰り出される刃を受ける。今度はわざわざ抜くことも億劫だと気づいたのだろう、刺さったままにシャベルを振り上げる。
力強く振るわれたシャベルは横腹を強打した。骨が金属で砕かれる音をクローン達は聞いたことがあるだろうか。もちろんとても心地がいいものでは無い。
「ッグフ!?……!……!?」
 当てられるとは思ってなかったのか目をチカチカさせて状況を確認する。肋は何本か折れた。だが幸いなことに臓器に破片が刺さってはいない。剤の治療があればすぐに元通りになるだろう。どこか頭は冷静だった。
「ッた……フン、やんじゃん……。こんなの……っふぅ…全然だけどね!」
 当たった横腹をぱっぱとはらってニヤリと笑ってみせる。
「アハ、手加減してていいの?まだ行けるけど?」
「……全然かい。手加減はしてないつもりだけどまだ足りなかった?」
 やはり当たったナイフは抜かない。それでも痛みはじくじくと訴えかけてくる。紛らわすようにシャベルを握り締めた。
「君のナイフ、よく当たるね。こんな状況じゃなければ教えて貰いたかったぐらいだな」
 本心から言っているのか、どこか尊敬した目を向ける。瞬きの間にそんな考えは散ってゆき、再度敵対する者としてP.N.Gを見据えた。
「ッ!!ブッ……ッハァ゙……クソッ!
なになに……元気になってきちゃったの…。お、おかしいねぇ……ちょっとぉー剤?僕のナイフに興奮剤とか塗ってないよね〜!?」
 タンッタンと軽いステップで後ろに下がる。
「こんな状況で学習意欲あんの?キモ…人のこと言えないって!……ハハ!2番弟子にしてやってもいいけど?…その武器下ろしてお兄さんにお願いするならね!」
 シャベルを握る手目掛けて容赦なくナイフを振りかざす。武器が持てなくなってしまえばこっちのものだ。
「武器を下ろす気はないよ。それに、そもそも君が楽しんで人を殺してる時点で君に頼むなんて選択肢にないし」
 痛む手を動かしシャベルでナイフを弾く。今まで苦しめていたそれはからん、と乾いた音と共にあっけなく地に落ちる。
「…手加減してくれた?そうならもう動かずに綺麗に倒れてくれると嬉しいな。手元が狂ってしまうのは僕も本意じゃないからさ」
 足狙ってシャベルを振りかぶった。再び骨と金属のぶつかる鈍い音がこの場を支配する。
「ィ゛ッッッ!!ひ、ひひっ…戦いの中で成長する…みたいな…如何にも主人公みたいだね君…。そう、手加減したの!当たりっぱなしじゃ楽しくないだろうからね!!」
 先程まで自信に満ちていた表情は少し崩れかけていて声も上擦ってきている。よろけただけに留めたのは褒めて欲しい。演者がみっともなく倒れるわけにはいかない。
「ッてて…動かないなんて性にあわないことさせないでくれる?
無抵抗な人間殺したって君が悪役になるだけし、気分悪いよ〜?」
 フラフラと覚束無い足を叱責し、体制を整える。
「お前さぁわかってないね、何も分かってない。出来る側だからって安心してるんでしょ。自分が正義で間違いないってそう思ってるんだ?」
 興奮しているのか、攻撃の衝撃か、血走った目で不敵に笑う顔を鼻血が伝う。

一呼吸。
 
 突然何を思ったのかP.N.Gは明後日の方向にナイフを投げる。高揚して冷静さの欠いた彼の行動は理解しがたく思えたがそのナイフは的確に照明を撃ち、彼を照らす明かりが1つ消える。
 P.N.Gの理解不能とも思える行動ににぴくりと眉を動かす。考えるようにして顎に手を置いた彼女は何を思ったか、すぐに照明を全て落とした。
何が起こったか、状況を把握しようと暗闇の中目を凝らそうとした。しかし、顎を打たれる感触と共に視界はぐらりと歪み、その隙に何かに磔にされるように手足を拘束される。
「……どうしたことでしょう、舞台は真っ暗闇に包まれてしまいました!何が始まるというのでしょうか?
それは勿論……百発百中の技、彼のお得意のナイフ投げで御座います」
 再度、照明がついたと思えばローレルはルーレットに拘束されていた。
「ア゙ッハハハァ゙!これからご覧に入れますのはぁ゙…ッゲホ………ン゙ン゙ッ……世紀の大業!ルーレット!高速に回るルーレットに貼り付けられた彼を見事射抜いて見せましょ〜!」
 得意演目を前に興奮冷めやらぬ自分自身を咳き込みで落ち着かせる。
「…え、ちょっと!なにを……」
 理解が追い付かないまま抵抗しようと手足をバタつかせる。その際に傷口に拘束具が食い込んだ。鋭い痛みに一つ呻くと抵抗は落ち着く。
「さてさてどこを狙おうか。そう、粗末にするのは良くないって彼は言ってたからね…。」
 垂らしっぱなしの鼻血を雑に拭い、彼がバケツからナイフを1つ取り出し構えればゆっくりとルーレットは回り出す。次第にスピードをあげるルーレット。
 P.N.Gは観客席の方を振り向き手拍子を要求する。
もちろん拍手大喝采。団員は求められれば誰もが仲間の健闘を喜び称え賞賛する。
 手拍子が最高潮になったところでスっと音もなく銀の一直線が引かれ、回り続けるルーレットの中へと行方をくらませる。投げ終わった静寂と共にルーレットがゆっくりとスピードを落とせば自ずとローレルの姿もはっきりしてくる。
遠心力で抑えられていた血が重力に従いこぼれ落ちた。P.N.Gの手元から放たれたナイフは見事腹部に突き刺さっているのが出血場所からわかる。
深く突き刺さったナイフは体ごとルーレット板にまで到達しており抜け出すには身を引き抜くのは容易い。
 サーカス団達による拍手が会場を包む。再び暗転したかと思えばすぐに明るくなり、どうやらその間にローレルの拘束具は解かれたようだ。
「粗末にしちゃダメって言ってたもんね?お兄さんのナイフ、君のど真ん中で受け止めてくれてありがとう」
 拘束を解かれたローレルの前で満足そうにしている。
「動けないのどうだった?出来ない人間の気持ちわかった?頑張ってもがいても何にもならないの、ただされるがままになってんの。どうだった?」
「……ぁ、が、、…ぅぐ、」
 思わず痛む腹を押さえる。血を多く流したからかルーレットにより回されたからか、視界も足元もおぼつかない。それでも目の前にいる相手だけに当たればいい。前を。P.N.Gがいるのであろう位置を見る。息を整えるためにストールを握った。しかし血が付くことを嫌ってすぐに手を放す。一度握ってしまったのだからもう遅いというのに。空いた手は迷わずシャベルへ向かう。
「できない人間の気持ち、ね。僕が君に同情したらいいのかい。……君は僕が主人公だとか、正義だとか言っていたけれど。君たちが悪なだけだろう」
 そう言って憐れむような眼を彼へ向け、ゆっくりと近づいた。

「ヒヒ…お前の空っぽの同情とかいらないし。…威勢の良かったあの子の話だよ。主人公だと思ってる自分のことだから?無責任に頑張れとか言ってたんでしょって言ってんの。
随分可愛がってヨシヨシしてんの見てたよ。
もういっぱい頑張ってたのに…まだ頑張れって言われるんだ可哀想…!」
 わざと涙ぐんだフリをして見せる。そして次の瞬間には激昂。
「お前が悪いの!お前みたいなのが悪だよ!でもお兄さんはそんなこと言わないよ…。もう頑張らなくていいよって一緒に楽しいことしようねって言ってあげるんだ…。そして手を引いてあげる…だから……悪じゃないよ?」
 最後はケロッと笑ってみせる。
コロコロ変わる表情はサーカスの人気者ピエロのようだ。

「……彼女との関係は君には関係ないでしょ。確かに一緒に頑張ろうとはしてたけど、それが可哀想かどうかを君に決められたくもない」
 表情が変わるP.N.Gはローレルから見たらピエロでも何でもなくただの化け物のように見えた。恐怖から一歩、後ずさる。態勢を立て直そうとシャベルを軸に立ち、足元を確認した。
「そう、じゃあ僕は君にとっての悪でもいいよ。正義とか悪とかより僕の生活が脅かされない方が大切だから。君にどう見えてても関係ないよ」
 対話することを諦めたのかため息を吐く。
「関係〜?あれあれもしかして…?いやぁ水を刺すようなことしてしまったかかも〜!お兄さんったらおっちょこちょい…って?
決められたくないの…そう、へぇまたそうやっていい子ぶっちゃって。頑張ったらなんでも出来ちゃう君が、頑張っても出来ない人間のこと何わかった気になってくれちゃってんの!一緒に頑張ろうとしたそれが負荷になってるってわかんないかなぁ?察しの悪い奴だ。」
 苛立ちを隠さない彼は捲し立てた。
「ん〜じゃあ僕…いや、僕らの生涯を脅かす悪いやつはやっつけなきゃ。ね?」
誰に宛てたかも分からない問いかけを残して攻撃を仕掛ける。
「頑張ったらなんでもできるわけじゃないよ。出来るように頑張ってるだけで人に強制してるつもりもない。例え負荷になってたとして、ミミクリーに文句言われる筋合いはあっても君に言われるのは嫌なんだって……言ってもわかんないか」
「僕は分かるよ。僕も今やお兄さんとしてみんなに頼られてるけどここまで来るの大変だったもん……。
何度も挫折があったんだよ…!」
 自らを抱きしめて悲劇的に演出する。
その間も投げ込まれるナイフは止まらない。スコップを盾にして弾き飛ばした。
「ミミクリー!そうそうそんな名前だったね!酷いなぁお兄さんの事嫌いにならないで〜!もっと喋って!今や無様な君をもっと見せてよ〜!」
「そっか。友達ならお話聞いてあげられたかもしれないけど、ごめんね。君の身の上話にはあんまり興味ないや。……そうだな、好感度が気になるなら人の名前ぐらいは覚えておいた方が良いんじゃない?」
「その件なら問題ない!なぜならお兄さんの好感度は勝手に着いてくるから!アハハ!」
 振りかぶられたシャベルを後ろによけながらナイフを飛ばす。
「あーあ……。せっかく僕がさぁ盛り上げようとしてるのに…君さっきから話折りすぎでしょ。団長さんに大舞台任せられてるの…わかってる?んもう…僕にばっかり任せないでよね…。」
 小さく呟く。舞台の上で上手くいってないことを悟られるのは良くないというプロ意識かもしれない。だがローレルには無関係な話だ。
「友人でもない君の思いを汲む気はないよ。これで盛り下がってこのサーカス団がなくなるならいいことだ」
「アハ、友人だったとして汲んでくれるもんか。お前みたいな僕の人生の邪魔者がッ!」
 ローレルは腹部目掛けて力いっぱいシャベル振る。P.N.Gはナイフを持って飛びかかる。どちらも最後に残しておいた余力を出し惜しみはしなかった。
「そら!やってみろ!いい子ちゃんならなんでもこなせるよな!」
 近距離で分が悪いのはどう見てもP.N.Gの方だ。下から叩き上げるようにして振りかぶられたシャベルは彼の内臓も骨も酷く潰して砕いてしまった。跳ね飛ばされる四肢、口からも鼻からも衝撃に耐えきれず裂けた皮膚からも、鮮血は滴り落ちて床を汚す。戦闘不能状態の彼にローレルはトドメを刺そうと近寄った。もう手足も動かないと思っていた彼がつかみかかってローレルの口にナイフを当て笑い出す。
「ブッハハハ!ほら出来ないよ!ズブの素人だから!訓練もなしにやっちゃダメでしょお!ア゙ハハハ!ハハハハハ!」
「……それを言うなら、君だって僕の邪魔者だ」
 突然突き付けられたナイフに一瞬怯むが、意思は決まっている。ずっと笑っているP.N.Gと会話は不可能であると判断したのかそれ以上口を開こうとはせず彼の上着を掴む。どちらが勝者か解らせる為に。
「へぇ僕、君の邪魔できたんだ。やるじゃん。ゴフッ……ァッハハハハハ…ッ僕が!お前の゙!邪魔!した!ヒャ゙ハハハハハハ!゙」
 最後に食らった腹へのダメージは服を着ていて具合が分からないが相当酷いものだ。力んでいるせいで喋る度に口から血が飛び散った。だがこうするしかないのだ。彼は意識を飛ばしてしまいたくなるほどの激痛の中、必死に意識を繋いでいた。血の絡んだの笑い声がずっと響く。時折激しく咳き込むが、それでも笑うのをやめない。
 観客席でクローンたちを監視してるであろうレプスを横目で探す。
ライトの影になって薄暗い方から一際目立つ白うさぎを見つけることはそう難しくなかった。
そして、未だこんな姿の自分に視線を向けてくれていることに安心してローレルに視線を戻す。観客席にいる特定の誰かに視線を向けてしまうのは演者としてあるまじき行為だが今は許されたい。みんなを楽しませる為に大健闘したんだから。
見つけたからと言ってP.N.Gが言葉をかけることはない。もう、彼女に愛された一番でかっこいいお兄さんでは無くなってしまうのだから。
 このサーカス団に出会った時から変わらない、彼は卑怯で無力でかっこ悪いただの落ちこぼれに。
死を悟ったP.N.Gは痛がる顔も見せずふと真顔になり、上がってくる血に喉を鳴らしている。
「僕、頑張ったことないから…わかんない。…の気持ちもお前の気持ちも。」
 カクンと俯き呟く。
「…悔しいってこういうのを言うのかな……。」
 そしてまた戦いの初めのように二人見合って、口角をあげて見せる。
「僕なんかを倒すために頑張っちゃって馬鹿みたい。その馬鹿のせいで僕の人生台無しだ。」
 口内に溜まった血唾を目の前の端正な顔に吐き捨てた。
「そう。…先に僕たちのことを邪魔したのは君たちだから。僕はこの生活を守るためならいくらだって頑張るよ」
 血唾も拭わず微笑んだままP.N.Gの顔へと目掛けてシャベルを振り下ろす。何も言わなかった。
何度も何度も何度も振り下ろす。天使のような装いをした彼がこの時だけは悪魔に見えた。それ程狂っていたのだ、最初の一撃でとうに死亡は確認できたはずなのに執拗にスコップを一心不乱で振る彼が。

 気が済んだのかしばらくしてそれがP.N.Gであったことを示すものは服装と体格だけになっていた。それを確認してローレルは漸く口を開く。
「……変わってしまった顔を残しておくのはかわいそうだから。本当は他はもっと綺麗に残しておきたかったんだけど。ごめんね」
 言い終えると、彼の服装を軽く整える。そのまま壇上から降りた。
「約束は守るよ。覚えてるって言っちゃったし」
 観客席の一番手前、ゴミなのかなんなのかよく分からないブーケを手にした。
 ローレルの狂気を垣間見た仲間は何を思うのだろうか。勝利を称えるのだろうか、狂気に怯えるのだろうか。どちらにせよサーカス団員からは耳障りな拍手が鳴り止まなかった。

「ええ、ええ!ありがとうございます、P.N.G、ミスター・アングレカム!どうか皆様彼ら美しきショーに再び拍手・喝采を!」
 嬉々を隠しきれない声が耳を通る。
「次回の公演のメンバーは……折角ですから、ルーレットで決めましょうか!」
 ウィッチは先程のルーレットを引っ張ってくると、指先についた血を使って数字をしるしていった。そこから一歩二歩と離れながら、足元に落ちているP.N.Gが使っていたナイフをひとつ拾う。
そして、少しの時間黙祷を捧げるとルーレットに向かって投げた。サクッ、とナイフが刺さる音と共に誰かの運命が決まる。
「後列4番面。おやおや、なんとまあ、レディ・コンフィズリー。貴方様に当たることを心待ちにしておりました!……であれば御相手は我らがサーカス団の火吹き、タントに致しましょう。
それではどうぞ、次回公演までのしばしの休息を」
シナリオ ▸ 五臓六腑
スチル ▸ はむにく 加工済み魚類 匿名スチル班
ロスト ▸ P.N.G
エンドカード ▸ 加工済み魚類
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act 1
act 3