act 4


ユークロニアを詳しく知ってゆくうちに面白い街だ、と思った。勿論それは観光、ましてや定住などの意図とは程遠く、殺人サーカス団としての目的を持つ観点からの感想なのだが。
街の住民は皆、AIに育てられたクローン人間。舞台に立たせてみれば、なかなかどうして団員達に引けを取らない。
今夜はどのような姿を見せてくれるのだろう。
イヒヒ、と笑いが漏れるのを隠しもせず、ジルの大剣やレプスの仕込み杖を舞台裏まで運び出せば、既に二人は揃っていた。
上機嫌なレプスと俯き震えているジル。非対称な二人がウィッチを迎える。

「揃いやなあ、感心感心。それとも、自分の舞台やと思うと緊張して落ち着けんかったか?」
「やっと私の順番が来たみたいだね〜ww見てるのも嫌いじゃないけど、遠くからじゃ表情がよく見えないからさ〜!!」
彼女は嬉しそうに口に右手を当ててくすくすと笑う。
「別に緊張なんかしてないです。やるからには…………全力で貴方を殺して見せます…!」
強気な言葉とは裏腹に、軽く俯き武器を握りしめた手元を見つめる不安そうな表情は隠しきれていない。
「へぇ〜?やる気だね。君みたいな子はどんな表情を見せてくれるのかな...???アハハ!本当に楽しみだな!!まぁ、殺されるのは君だけどね...?」
ジルの顔を見ながら目を細め、ニヤニヤと笑う。

「おっと、ステージが始まる前に自己紹介をしておかないと!わたしはレプス。短い間だけどとりあえずよろしく。」
いけない、と思い出したかのように優雅に右手を手前に、左手をあげ一礼する。サーカス団にとって芸をする前の染み付いた伝統なのだろう。その所作には思わず見蕩れてしまう魅力があった。
「レプスさん…こちらこそよろしく……って言いたいところですけど、残念。私は貴方とは仲良くなれそうにないと思います……」
綺麗なお辞儀を一蹴り。ジルは彼女を睨みつける。
「悲しいな〜?私は君と仲良くしたいけどね!wwwそれより〜!私は名前を教えてあげたのに君は教えてくれないの...?」
「…私の名前はジルです。………名前なんか覚えてもどうせどっちかは死んじゃうんだし、自己紹介なんて意味ないと思うんだけど……」

おどおどとしながらも自分の名前を告げる。最後の方はレプスに聞こえるか聞こえないかの声量でぼそりと呟いた。
「別に私も君の名前に興味は無いけど、ショーが始まる前にはちゃんと自己紹介しないと、ね?これで自己紹介はできたかな〜?」
やはり演者たるものショーの手順として挨拶は必要だ、という考えなのか彼女は笑みをより一層深くする。まるで圧をかけるかのように。
観客席を見渡して確認する。サーカス団はいつものように期待に満ちた目でクローン達は恨み辛みが籠った目でレプスを見ていた。

「さ、殺人ショーなんてくだらない…非人道的な最悪な娯楽に過ぎないのに…わざわざ名乗るとか性にあわない事しなきゃ良かった」
「君の考えに興味は無いかな?私が楽しければそれで良いからねw」
「せいぜい良い表情を私に見せてよね♡」
改めて武器を強く握りしめ、戦闘体制に入ったジルを見てレプスも武器を構える。
しゃんと背筋を伸ばそうと試みたが、恐怖は抜けきれず丸まった背中のまま進む足取りは重かった。
「お集まり頂きありがとうございます。これより、殺人ショーの第四幕の公演を開始致します。」
二人が揃って舞台へと上がると、アナウンスが入り丸いスポットライトの光が二人を照らす。
「彼女は残虐な野兎。空中を跳ね、相手を翻弄する姿は被捕食者に非ず!劈く悲鳴、苦悶の表情、舞台を濡らす赤さえ、彼女のアクセサリーとなりましょう」
アナウンスが響き渡るや否やサーカス団からの激励の拍手が鳴り止まない。レプスはその歓声に応えるように手を振り続ける。ジルに背を向けたまま。先手必勝、弱い子だと思って油断しているのなら結構。卑劣だと言われようと隙を突かないという選択肢は無い。ジルは腹に向かい大剣を振るう。鋭い刃は彼女の柔らかい腹を掠めた。
いつものように客席を楽しませようとギリギリで避けるつもりが距離を見誤って失敗したのだろう、白い衣装は血で赤く染まり始める。
「あっ、避けるつもりだったんだけどなぁ??ちょっと痛いかも...?」
痛みよりも避けきれず失敗したことがジクジクと心を蝕む。油断が仇となったのが悔しくて堪らなかった。

「調子に乗らないでよね。」
「調子なんか乗ってないです。……強がっていられるのも今のうちですよ」
「君の方が強がってるんじゃ無い?泣いても良いよ?w」
「……ッ!…泣かないです、そんな簡単に!」
うさぎの杖から剣を引き抜きジルに向かって向けられる。
「はぁ?避けないでよね????思ったよりすばしっこいなぁ...」
チッと舌打ちしながらジルが避けた方向に顔を向ける。大きな剣を扱う割に身のこなしは軽いようだ。
大きく振りかぶられた剣は足元狙っていた。避けようとするが足がもつれてしまい、柔らかい肉にまた一つ傷を付ける。

「イッ...!!!足元を狙うなんて君、人を殺し慣れてたりしない?www君も拷問に向いてるんじゃないかな...?w」
「単なる偶然に過ぎないないです。貴方と一緒になんかしないで」
人を逃げないようにするために足元を狙うのは拷問するにあたってレプスがよく用いる手法だ。まさか自分がやられるとは思っても見なかったが。今までそうして逃げる自由を奪われた人達のように彼女も床に膝をついた。

「お友達ができると思ったんだけどなぁ〜?残念!w」
「う゛っ……お友達になんか……笑えない冗談やめてください」
腹を突き刺すように繰り出された剣に避けようとするが間に合わずに串刺しになる。表情を歪ませながら目尻に涙を滲ませた。ふらりと軸が揺らいだが、すぐに距離を開けて立ち直す。拷問を得意としている彼女の攻撃は微妙に急所を外してくる。それが痛みが長引く原因となり気を失うような決定的な痛みとは違い小さく、だが確実に痛みを訴えていた。
「ねぇ、痛い????痛いよね??いいね君の顔!wもっとぐちゃぐちゃに泣いてくれた方が私の好みかも。」
「……泣いてなんかないです!」
「あぁ、擦ったら目が赤くなっちゃうよ〜?w」
涙の滲んだ目元を擦りながらも尚痛みに歪んだジルの表情を見られたのが余程嬉しいのか興奮した様子だ。
「急所は外してあげるから、私を楽しませてよね...?w」

ジルの振った大剣が腹の右側に当たり、右側のベルトごと腹が切れ血が勢いよく吹き出す。
「ウッ...!!!!ちょっと今のは痛かったなぁ、ベルトも切れちゃったし!あーあ!!!どうしてくれるのさ。」
「そんなの知ったこっちゃないです、あなたこそ本気で私の事殺す気でいるくせに」
「そりゃ君にはぐちゃぐちゃに絶望を味合わせた後に死んでもらうからねw」
「君が死ぬときにはどんな表情が見れるか楽しみだよっ!!!」

ジルに向かって振られる剣はただ一点、薄い腹を狙っていた。内臓を避けるようにじわじわと痛みが蔓延するようにして傷つけられるのはとても不愉快だ。
「ぐっ……う゛……」
咄嗟に腹を抑え、耐えようとするがついに大粒の涙がぼろっとこぼれ落ち頬を濡らした。
「私のベルトを壊したお返しだよ。これでおあいこだね。」
彼女はにこりと苦しそうなジルを見て笑う。それがジルには理解出来なかった。
こんな奴に負けたらダメだ。自分を奮い立たせ、勢いよく大剣を振るが、さっきの攻撃が余程痛かったのか攻撃がぶれる。

「あれれ〜?もうダメそうなのかな?wもっと頑張ってよね〜wwww」
「う、うるさい……っ…」
攻撃を外したジルをいつものような調子で煽る。いつもなら何とも思わないような言葉にも痛みに支配された頭では嫌なことに心を締め付ける。また溢れそうになる涙を耐えつつ誤魔化すように大剣をぎゅっと握り締めた。
ジルが振りかぶった大剣が胸のベルトごと一緒に切り裂いた。
「ウグッ...!!!こんな目立つところに傷が残ったらどうするんだよ。酷いなぁ...??」

「傷だなんて……人を日常的に殺戮する貴方達が気にするんですね……今更じゃないのかな…?」
「私だって女の子だからね!」
目立つ部分に攻撃された仕返しにと言わんばかりに先程まで執拗に腹を狙っていた剣先はジルの顔に向かう。咄嗟に目を瞑り顔を僅かにずらすと、剣は帽子を床に落としていた。
「っ……ぅ……!」
「頬を刺すつもりで刺したんだけどなぁ?帽子拾わなくて良いの〜?私は優しいから待ってあげるよ。」
ニヤニヤとした物言いに素直に従う気にもなれず、帽子を蹴飛ばして端に追いやる。
「別にいいです。待たなくても」
「あれれ〜?その帽子別に大切なものじゃないんだ?つまんないの〜」
構わずにジルが大剣を振る。レプスはそれを避けようとするが、避けきれず大剣が彼女の左足に当たりタイツが破け血がしとどに流れ落ちる。
「ッ...!!足はやめてほしいんだけどな〜?」
続けて大剣がレプスの顔へと向かう。
大剣は彼女の頬を擦り、その反動で帽子が脱げ、纏められていた長い髪がバサりと切られた。
「やり返しってことかな...?」 
「……どうでしょうね」
不敵に笑うジルにレプスの機嫌は急降下。今度はレプスが顔を顰める番だった。
床に散らばった桃色の髪の毛とジルを交互に見ながら何を思ったのか彼女はふと指を鳴らす。
ジルは何が起こったか、現状を理解しようと必死に頭を巡らせる。
そして思い出したのは、act2の出来事。それはルーレットに束縛されたローレルに、ナイフを投げるP.N.Gの姿だった。
まさか。
そう考えた時には遅かった。
レプスは暗闇の中、微笑む。
手際よく縄を操り、照明が再びつく頃にはジルの体を縛り上げきっていた。

「さぁさぁ、悪いうさぎには制裁を。」
首につけられた縄を引っ張りジルの首を軽く絞める。
「……!?…う゛……っぐ…っ……はぁ……」
うっすら涙を浮かべ気道が締め上げられる苦しさに悶え喘ぐ。呼吸が浅くなり頭に血が上った。
彼女のもがき苦しんでいる表情を見てレプスは満足そうに縄を緩める。そして剣を持ち直しジルへと剣先を向けた。
「それじゃあ本番はこれからだよ?w」
今までと同様、急所を外しジルの腹へと剣を刺した。何度も何度も刺しては抜かれ刺しては抜かれ。ギリギリ意識を保っていられるのが余計に憎たらしい。声を押し殺すように唇をぎゅっと噛んで痛みに耐えているようだった。
 何度か刺された後、レプスの腹を突き刺していた剣がジルを縛っていた縄に当たりそこから解れるようにしてジルは床に落とされる。
「あーあ、もう少し遊びだかったのに残念。」
「……っは……っ…ぅ……」
地面に勢いよく打ち付けられた身体は軋み、ケホ、と苦しそうに咳が出る。身体にまとわりついた縄が気持ち悪くて勢いよく剥がし、投げ捨てた。

酸素の回らない頭で大剣を支えに立ち上がると、そのまま縦に大きく降る。ジルの素早い動きに反応できず大剣はレプスの太腿を裂く。
深く切れて大量の血が流れ、レプスが床に崩れる。
「ウグッ...ヴッ..!」
先程までの人を馬鹿にしたような笑みから一転、眉間に皺を寄せ、歪んだ顔で傷口を押さえている。
かつて味わったことの無い激痛に耐えながらレプスは覚束無い足で立ち上がる。
「今のはちょっと危なかったな。」
少し息を切らしながら剣を持ち直す。
「これはお返しだよ!!!」
「うっ……っぐっ……」
同じように剣が足に刺され、身体が少しふらつくがもう慣れた痛みだ。反対の足で踏み込む。体力ももう底が見えてきているのか雑になってきた攻撃を軽々と避け、レプスはジルの腹に向かって剣を突き立てる。急所を外すつもりが、彼女の動きに合わせることができず急所へと刺さった。
「あーっ!ちょっと動かないでよ。ずれちゃったじゃないか。」
「ぐっ……っぅ……はっ」
身体が大きくふらつき跪くとそのまま崩れるように床へ伏せる。咄嗟に手で勢いよく出血する腹部を抑えるも溢れ出した血がボタボタと地面に落ちた。頭に白くモヤがかかったようになり徐々に意識が遠のいていく。
「はっ……ぁ……ぅ゛……ぅ……はは、痛いなぁ……こわいなぁ…あはは……」
目に涙を浮かべ自身の帽子の方へ目を向けた。
「……死んじゃ……ぅって…こういう事なの……ぁ…こんなはずじゃなかったのに……ごめんなさい…」
「あれ?もう終わり?」
ジルに向かってコツコツと足音を鳴らしながら歩き近づき彼女の顔を覗き込む。
「ねぇこっち見てよ。君が死ぬ時はこんな顔をするんだね。」
ジルの顔を見てレプスは嬉しそうにした。

「アハハ!楽しかったよ。ありがとう。」
満面の笑みでジルの頬を撫でる。
頬に手が触れた感覚を感じ、レプスの方へ目線をやるが、喋ろうとするも口から血が溢れた。声が掠れ言葉を上手く発する事が出来ない。
「……っぅ……ぁ゛っ……」 
目に涙を浮かべ静かに目を閉じられた。
ジルの最後を見届け、レプスは立ち上がる。
客席に向かって一例をしてステージを降りた。
彼女の去ったステージに残されたのは肉塊と汚れたぬいぐるみ一つだけ。

「素敵な舞台をありがとうございました、皆様どうか盛大な拍手をお願い致します!
さあ、次回公演のお知らせです。次の舞台はレディ・ギューギュー、御相手はタランテラにお任せします。素敵な舞台を期待しております、お疲れ様でした!」
シナリオ ▸ 五臓六腑
スチル ▸ はむにく 加工済み魚類 匿名スチル班 ゆか
ロスト ▸ ジル
エンドカード  ▸ 加工済み魚類
act3
act 5