act 6


前回の公演でニュンがサーカス団に入ったことで、サーカステントはいつもにも増して賑わっていた。タランテラを世話係として任命したことで、どこを歩いていても二人の姿は目立つ。
先輩として張り切りたい団員や好奇心旺盛な団員がこぞって彼女達に話しかけ、そこに楽しそうな雰囲気につられた団員達も集まってくれば立派な人集りだ。
クイーンビーがそんな小さな喧騒を感じながら楽屋でメイクを直していると、ゼロトリーがノックをしながら入ってくる。
「おお、今夜はまた一段と別嬪やん。アイザックはもう舞台裏来とるんやけど、そろそろ出れるか?」

「ああ、もう終わる」
ウィッチの方を振り返り目を細めて笑う。瞼に置かれた金のラメが化粧台のライトでキラリと煌めき、席を立ち上がった。机上に置かれた軍帽を手に取り深く被れば、舞台裏へと向かう。
クイーンビーを連れ、舞台裏で待機していたアイザックに手を振りながら近付く。
「女王様の回収完了、お待たせしたなあ」
「言っとくけど前回の演出は特例中の特例。今回の演目は、きちんと戦ってもらうで。……ただ、今からサーカス団に入りたいって泣いて喚くんやったらちょっと考えるけど?」
チラリとウチとクイーンビーの方を横目で見るが、すぐに久方ぶりに手に取った自分の武器に視線を落とす。

「もちろん、心配しないで。生きるか死ぬかの2択の方が、単純で助かるよ。サーカス団ね…申し訳ないけど、こちらから願い下げかな。君たちみたいな犯罪者と共に過ごすなんて、虫唾が走る」
いつもより強い口調とは裏腹に貼り付けたような笑顔が不気味だ。
「ふーん、ウチらのショーを犯罪としか見られへんなんて、自分もそういうつまらん感性か。辺境まで来たけど掘り出しもんは少なかったなあ」
「おや、残念。ウィッチの誘いが断られてしまうなんて」
「自称高級品…か。前にも言ったけど、自分がそのつまらない感性で安心するのは最初で最後だよ。君たちに心なんて動かされちゃったら、仲間の皆に顔向けできないや」
「そうかそうか。イヒヒッ、自分の心を動かすんやったらイライザをぶち殺すぐらいせなあかんかもなあ、ウチらも頑張らなあかんわ」

「イライザを殺す、か……はは、それは名案だ。偉大なる父の死を目にすれば貴様の貧しい感性も変わるかもしれんな?」
最悪の提案を嬉々として話しながら腕を組んでいる彼女に手を回し、ふたつの束ねられた髪をさらりと撫で付けた。
「君たちは本当に神経を逆撫でするのが得意みたいだね。そんなことはさせないさ、君のことは今から殺すし…あぁ、外道を殺すことに抵抗なんてないから、大丈夫」

温度のない瞳を細め、クイーンビーとウチの2人を横目で眺める。
「君たちがどうなったって、別に興味無いからね」
「おお、怖い怖い。守るべき存在がある人擬きは恐ろしいな」
馬鹿にしたような態度でクスクスと目を伏せて笑う。
数秒の沈黙が走った後、軍帽から覗く瞳をゆっくり開け、アイザックへ静かに問いかける。
「……その様子だと、人殺しの経験はあるようだな?」
「…そうだね、それが俺の仕事だから」
それがさも当たり前のように、なんとも思ってない様子で返す。
「街の平和を脅かす侵入者とか…君たちみたいな、犯罪者。…まさか、俺を快楽殺人犯だとでも罵るつもり?冗談は勘弁してほしいな」

「貴様のようにセンスのない冗談を言う気はサラサラないさ。それに、私は快楽殺人を悪としていない。だから貴様の言う『快楽殺人犯』は罵りにすらならない」
「…流石、ユークロニアを守ると豪語していた男だ。愛すべき故郷の為ならば人の命を奪うなど容易いのだろう。そんな殺戮兵器の貴様が今回のショーで私を殺す時が来たら……特別にプレゼントを与えよう。今まで誰にも与えてなかった最高の品だ。楽しみにしておくといい」

「善悪が決めれるほど、君は人の上に立つ存在じゃない事を早く理解して欲しいんだけど…まぁいいかそれよりもプレゼントだって…?どんな悪趣味なものが飛び出すのかな。それで俺が喜ぶことができたらいいな、なんて…期待してるよ」
クイーンビーの発言に怪訝そうに眉をひそめた後、手に持った武器を強く握り締めた。
「さて…おにいさんとのお喋りがまだ必要かな?」
口元は緩やかな弧を描きつつ、確かな殺意を含んだ目でクイーンビーのことを見据える。
「いや、これ以上は演目時間に影響する」
壁に掛けられた時計を確認し、舞台へと足を向けた。
「……さぁ、行こうか。貴様の最低で最高なパフォーマンスを期待している」
殺意を孕んだアイザックの視線にぞくりと身を震わせ、彼は舞台へと上がる。

それに続くようにアイザックも足を進めた。痛い程の視線が依然としてクイーンビーを突き刺している。
二人が舞台へと上がると、「お集まり頂きありがとうございます。これより、殺人ショーの第六幕の公演を開始致します」という聞き慣れたアナウンスが入り、丸いスポットライトの光が二人を照らす。
「仰ぎ見よ!この方をどなたと心得る。彼は妖艶な女王蜂。あるがままに舞う姿は誰もを虜にすることでしょう。さあ、その美貌に存分に溺れて下さいませ」
ウィッチのアナウンスと共に舞台へ向けられた拍手を静かに受け、鋭く尖ったヒールの音を鳴らして静止させる。

「紳士淑女のミツバチ共! 羽音を止めて注目せよ!」
力強くも張りのある艶やかな声がテントの中を一瞬にして支配した。
「_今宵の獲物はユークロニアの番犬、アイザック=ヴァレンタイン。主人に対する忠誠心と正義感溢れる彼だが…どうやら悪どい蜂の巣に迷い込んでしまった様子。極悪非道の女王を殺して巣から逃げるか、はたまた無様に蜂の餌食になるか、……彼の悲惨な運命をとくとご覧あれ」

手を持った銃をアイザックへと向け、観客の視界を集めさせる。彼の煽り文句に続き先ほどよりも大きな拍手が上がった。
…流石、と言うべきだろうか。舞台慣れしている彼の立ち振る舞いは観客を魅力し、このショーを盛り上げるには十分なものであった。
舞台という名の蜂の巣に迷い込み、ミツバチと呼ばれる観客に囲まれながら、アイザックは巣のトップである女王蜂_『Queen bee』と戦う事となる。
「私を退屈させるなよ? アイザック」
黒に彩られた唇が楽しそうに歪み、ショーの開幕を改めて知らせた。
「…ご紹介をどうも、クイーンビー。女王の座から引き摺り下ろされないように、しっかり巣にしがみついておくといいよ」
スポットライトの眩さに咄嗟に手で顔を覆うが、その手はすぐに下ろされる。
顕になった彼の表情は、いつものにこやかな様子とはうってかわり、さながら主人のために外敵に牙を剥く番犬。クイーンビーに気圧される様子は無く、しっかりと戦闘の姿勢を取っている。

即座に照準をクイーンビーへと向け、迷うことなくトリガーを引く。日頃の訓練の賜物か、自らよりも大きな身体を持つ的へはなんなく着弾させる。
「…油断した?先手必勝だよ」
「あ゛…ッ゛❤︎‬  ……早速噛み付いてくるとはイキがいいようだな」
撃ち抜かれた左脚に痺れを感じながらもニコリと微笑む。
主人がどっちか分かっていない駄犬に躾を。放たれた弾丸は的外れな床に弾痕を残した。僅かに顔を顰め舌打ちが思わず零れる。
「欲しがるね。威勢の割には緊張してるのかな。ほら、君の標的はここだ」
「おっと、久しぶりの興奮で手元が狂ってしまったようだ。…そう焦らずとも、じっくりと嬲ってやる」
アイザックの足をマシンガンで撃ち抜くと、調子が出てきたのか小さな笑みを漏らす。銃を構えたままうっとりとした声で次を求める。
「さぁさぁ、次は何処擊ってくれるんだ?‪‪❤︎‬‪‪‬」
「ぅ"、っぐ……」
撃たれた方の脚を少し後ろに引きながらも、あまり気に止める様子はない。

「捨て身でいくと、多分怒られちゃうけど…本気で行くと言ってしまった手前、そうも言ってられないかも、ね。」
仲間に自分を大事にしろと言われたことをぼんやり思い出すが、今はそんな状況では無い。全身全霊で、この男を殺さなければ。
「強欲な女王様もこういうのは、嫌い…ッ、かな?」
痛みを訴える脚を気にすることなく、助走をつけてクイーンビーの懐へと潜り込む。そのまま自らの持つガトリングガンを思い切り振りかぶり、クイーンビーの脇腹を殴打した。
「い゛ッッ‪‪!?❤︎ ァッ゛…はっ、‪‪………❤︎」
予想外の近距離攻撃。咄嗟に回避することも出来ずに強い衝撃‬に思わず声が漏れる。勢いに押され足元をふらつかせるも、帽子に伏せられた瞳は愉快そうに三日月を描いた。
「ふふ、ふふ、……最高だアイザック…‪‪❤︎‬ 貴様の殺意に答え、私も一つイイモノを見せてやろう‪‪❤︎‬」
パチン、とフィンガースナップをひとつ鳴らす。

フィンガースナップと共にスポットライトが暗転した。公演を見てきたアイザックなら、サーカス団のパフォーマンスが開始されると察しがつくだろう。
数秒にも数分にも思える暗闇の沈黙の後、スポットライトが再び付く。
眩い光に咄嗟に目を瞑る。恐る恐る目を開けば眼に映るのは天井に吊るされた3つのブランコと両サイドに建てられた足場。スリングを装着した銃を肩に掛けた彼は、アイザックから離れた足場に立っていた。
「ックソ、な……にが…」
最悪だ、捕まった。クイーンビーを見上げるように睨みつける。女王蜂のパフォーマンスに取り込まれてしまった哀れな獲物に逃げ場は無い。
下にいるアイザックを見下ろし嘲笑をすればゆらりと揺れるブランコに掴まる。
『Queenbee』との名の通り、彼は蜂のように空を浮遊する。向かいから来たブランコへ回転を加えながら飛び移ると、脚を引っ掛け彼が得意とする逆さ状態へと体勢を変えた。
深く被った帽子が外れ、普段は髪で隠れている眼帯が人目に晒された瞬間、肩に掛けた銃を下へと降ろし地上にいるアイザックへ銃口を構える。
ふわりと落ちてくる帽子に視界が遮られ、狼狽える。瞬間、真っ直ぐにこちらを捉える銃口と目が合う。
ブランコの揺れに身を任せ発砲すれば、銃口から弾が連射され、アイザックの太ももから腹あたりまでを撃ち抜く。
「い"ッッ……!!?ァ、…ガッ……ハア"……!!!」
受けたことの無い激痛に咄嗟にその場に蹲らざるを得ず、肩で繰り返し浅い呼吸を繰り返している。まるで犬のように舌を出して。
狙撃のタイミングが過ぎれば素早く銃を掛け直し、三つ目のブランコを掴んでそのまま足場へと着地した。
「いい格好だアイザック‪‪❤︎‬ その調子で無様な姿をもっと晒しておくれ…‪‪❤︎‬‪‪❤︎‬‪‪❤︎‬」
「…………ゲホッ、ぁ、流石だね…早く、決着を付けないといけない…かな」

地上へと降りる為、足場の横に設置されたポールに乗り移る。ポールダンスが得意な彼は器用にくるりと回りながらも苦しむアイザックの背中へと繰り返し発砲をした。
「グ、ッ…!!ぅ………ハァ、…調子が出てきたみたいで何よりだよ。でも…俺を殺すにはまだ足りてない」
傷からは血がとめどなく溢れるが、戦意が消えた訳ではない。再び立ち上がって武器を構える。
「……歯を食いしばれ、クイーンビー。俺は君を殺して皆の幸せを守るんだ」
出血でふらつく足元の中、呼吸を整えて正確にクイーンビーの肩を撃ち抜く。

‬「~~~~~~ッ゛‪‪❤︎‪‪❤︎‬‪‪❤︎ ガ、っ……はァ゛、‬‬…‪‪❤︎‬」
撃たれた衝撃に歪んだ唇から吐息を漏らす。痛みにぐらつく脳はドーパミンを分泌させ、与えられるものを全て快楽へと変えていった。自らの傷口を抉るように指を強く押さえては眉間に皺を寄せ、身を震わせる。
「はは、……これ程までに熱烈な殺意を向けられたのは初めてだ…‪‪❤︎‬‪‪❤︎‬‪‪❤︎‬‪‪  もっと、もっとだ! もっと私に殺意を向けろ! その醜い悪意で骨の髄まで私を満たしておくれよ‪‪!!! なァ゛!アイザック!!!‬」
フラフラとした足取りでヒールを激しく鳴らしながらアイザックに近づくと、求めるように相手の顔を掴む。興奮しきった彼の目は爛々とし、自身の傷口を押えて血に濡れた親指を、アイザックの右目へと差し込んだ。

ぐちゃ、という柔らかいものが潰れる音。それでも彼は手を止めることなく奥へとさしこみ、抉るかのように指を動かした。
脳内に響く嫌な音がなんなのか、彼の思考は追いついていなかった。しかし嫌でも伝わる激痛と、潰れる感覚。
「アッ"あああ"………!?!!!?ハァ"、い"っっっ………!!!……ハハ、アハハハ!!!」
アドレナリンがとめどなく放出され、命がこぼれ落ちていく感覚に酔う。普段の穏やかな声色からは想像できないような声量で叫ぶ様子は、獣と大差ない。
「ッ、この目くらい、いくらでも、いくらでもあげようか!!!代わりに君の命は貰う、全部!!今が1番、生きてるって感じるよ!!ただただ今は君を殺したいよ、殺さないといけない!!!俺が、皆のために!!」
「ッふ、ふふ、……ははははは!!! 貴様は何処までもいい男だなァ! アイザック! 正義に囚われたその思想、私に対する狂おしくも愛おしい殺意! 何もかもが最高だ!!」
普段の穏やかな様子とは打って変わったアイザックに歓喜の様子を見せる。
このような状況においても彼は興奮しているのか、次第に大きくなる声を会場中に響かせた。
「“生”の実感を手にし、心の底から私を“殺したい”と願う哀れで愚かしい貴様を、私は今この手で殺したくて堪らない……ッ!!」
顔を掴んだ手に力が篭もる。
差し込んだ指とは反対の手で肩に掛けた銃を取ると、相手の腹に銃口を突きつけ何度も何度も何度も何度も弾を撃ち込む。

舞台に広がる鮮やかな赤と生臭い臓器の破片。次第に抵抗する力を無くしたアイザックからするりと手を離すと、距離をとって肩口に力強く蹴りを入れる。そうして倒れた相手の上に立てば、肩で息をしながら乱れた前髪をかきあげ、獲物を捕らえた愉悦と狂気を孕んだ視線を絡ませる。
「…ゲホッ……あ、れ…?っは、…なんで、動かない」
もはや彼の手も、足も、何もかもが使い物にならなくなっていた。動け、動け動け動け、と何度願っても消耗品の身体は言うことを聞かない。
「ァ"、………ハァ、ダメ、だ、そんな……だって、俺は皆…を守らなきゃ…だって、」

血と共に口に出すうわ言のような言葉は、意味を持たずただ流れ落ちるのみ。たったひとつの道標は美しく強かな侵略者によって踏み荒らされ、空っぽの迷子犬は進むべき道を見失う。
「………ごめん、ごめんね…俺じゃ、ダメだったみたい、わからなかった、…どうすればよかったんだろう」
やがてもう動かない肉体に死を覚悟した。自分のことを信じてくれて、この手で守りたかった仲間を思い浮かべ、おにいさん失格だな、かっこ悪い所を見せちゃったな、なんてぼんやりと考える。
「…君を、…君たちを…許さな、い…地獄の、輪廻の果てまで」
片方となった左の瞳は最後まで殺気に溢れており、クイーンビーから視線を逸らすことは無い。
虚ろながらも明確な殺意は最後まで捨てなかったその瞳に密かにほくそ笑む。アイザックの首元に足を当てがえば、毒針の如く尖ったヒールを柔かな白い肌に突き刺す。
小さな呻き声と溢れる大量の血液。右総頚動脈に淡く刺した針を横へゆっくりと動かし、首に一本の赤い線を引く。
「……ああ、やはり貴様は赤の首輪が似合う」
蜂蜜のような甘い声で呟く彼の表情は相手に見惚れているようにうっとりとしている。
そんな様子と裏腹に、ヒールは奥へと差し込まれ、逃げられぬよう床に頭を縫い付けた。
「さぁ、おやすみの時間だハニー。……けれども残念、おやすみのキスはお預けだ」
銃口をアイザックの額へと突きつける。
「私に対する愛の呪詛でも吐きながら地獄でいい子にしていておくれ」
そして、ゆっくりと引き金をひいた。

______“パンッ”
舞台に響いた命を奪う軽い音。
殺意に満ちた赤の瞳孔が開いていく。
衝撃に耐えられずひび割れた頭蓋骨から漏れ出した脳髄が床を汚す。
赤に染められた舞台に残るのは、激しい銃撃戦の煙を纏った、1匹の女王蜂だった。
「威勢の良かった番犬は哀れ、痛ましき蜂の巣となってしまいました。皆様強く気高き女王蜂に拍手喝采を!」
銃声の後、呆然と舞台を眺める観客の脳に響く、現実を突きつける声。
沸き立つ耳障りな拍手は、いつだって誰かの死を象徴している。
ごくり。誰かの生唾を飲み込む音は、その中でやけに鮮明に浮き立っていた。
次は誰が犠牲になるのか。心の準備をさせる暇すらなく、ゼロトリーは告げる。
「さあ、次回公演のお知らせです。次の舞台は彼の弟分たるミスター・バーナード。対するは我らが奇術師、デリック・ディリック!
どうぞ健闘なさいませ!余裕綽々のその笑顔が崩れるほどに……」
シナリオ ▸ 五臓六腑
スチル ▸ はむにく 加工済み魚類 匿名スチル班
ロスト ▸ アイザック=ヴァレンタイン
エンドカード  ▸ 加工済み魚類
アイザック=ヴァレンタインの裏CSが公開されました。
act 5
act 7