思えば、少し前からこの軍は…
いや……この国は、おかしかった。
街灯が照らす夜道を四つの人影が横切る。
澄んだ空気。綺麗な夜空にはオリオン座が浮かび、情趣のある宵を彩っていた。
それを楽しむ様子も無く、ただ事務的に歩みを進める。
人気のない道にぷかぷかと浮かんで消えてゆく煙は、その中の一人。まだあどけなさの残る女軍人に繋がっていた。
バラニーナ=ヴァヴィロフ。
それぞれ色の違う双眸には、自身と揃いの軍服を着た三人の仲間が映っている。
「こんな辺鄙な場所に長期任務?せっかくならもっといい感じの場所にして欲しいよ…」
煙草の香りと共に漏れた不平が沈黙を破る。
向かう先は確かに人気のない方へ。すれ違う人の数も徐々に減っていく。
今頃首都ウィーンではライトアップされた夜景が人々の目を楽しませているのだろう。
「きっとこの任務も神の思し召しですよ。」
そう言い、スカートと同じ丈の三つ編みを揺らした。
オリガ・アランピエフ。
純白の手袋が胸元のチェーンを手繰った。ロザリオを軽く握ると祈るように長いまつ毛を伏せる。
「お国の役に立てると良いのですが…」
フリルでアレンジした可愛らしい軍服の裾部をニーハイソックスが押し上げる。
ロジェ=エストレ。
不安そうな様子を打ち消すように目を細めてはにかんだ。
「こんな場所に集まるってことは要人の護衛とか?此れは此れは。気合いが入りますねぇ」
片眼鏡をくいっと上げると態とらしく口角を上げた。
スージィ・フランクリン。
暫く歩けば目の前には周囲と比べて真新しい造りの建物が目を引いた。それぞれに配られた案内状を見ると、恐らくここが目的地であろう。
彼はずっと持ち歩いていた棒をくるっと回し、そのままドアをノックした。流石豪勢な館の事だ、客を迎え入れる玄関の造りは重厚。
この様子では、ノックも中に聞こえないかもしれない。
自分以外女性の装いである事を見ると、自分が開けるべきだろう。
しかし、その前にドアは内側から開いていく。
「初めまして!こんばんわ。Resist Falconの人達だね?」
男とも女ともつかない声と共に、風変わりな白衣の人物が顔を覗かし、微笑んだ。
目を丸くしたスージィを見ると、「驚かせてしまったかな?」と申し訳なさそうに眉を下げる。悪い人物では無さそうだ。
「関係者の方ですか?」
「うん、きみ達の軍医のエリザ・レイヴィットだ。さ、入って。」
そう言うと広いロビーを手のひらで指した。自分達とエリザ以外の人物の姿は無い。どうやらかなり早めに着いてしまったらしい、と顔を見合わせた。
ロビーの中は豪華な照明器具に照らされ、小さなソファーが人数分置かれていた。モダンな雰囲気な内装に様々なオブジェが並び、大理石の床にはペルシャ絨毯が敷かれている。
ソファーに座って待っていると、奥からヒールが床を叩く音と共にグレーに近いベージュの紙をサイドテールに結んだ女性が歩いてきた。
「あら、もういらしていたのですね」
そう言い、美しい動作で軽く礼をする。
自分たちとも違った衣装やこの振る舞いから、この人が任務の上役だろう。
「先に説明をしておきましょうか。案内、進行を務めさせていただく、ピグマリオンです。これからお呼びした皆さんには一対一で戦っていただきます。」
どういうこと、と誰かが言った。自分達は十分に実力もある。ちゃんと認定を受け、立派な軍人だ。今更訓練なんて必要は無いはずだ。
「長期になりますので郵送して頂いた荷物は皆さんのお部屋に運んでおきました。しばらくここで暮らして下さい。また、戦闘に参加されない方はどちらが勝つのかコインを賭けて頂きます」
「冗談じゃない。そんなお遊びをさせるために俺達を呼んだんですか?」
「いーんじゃない?ゆるっと戦って終わらせようよ」
「スージィさん、落ち着いて下さい!」
ロジェの静止も聞かず、スージィはソファーに立てかけた棒に手を伸ばす。
その手が届く前に隣の席のブーツがそれを蹴り、カランと音を立てて転がった。
「ふふ、失礼。今はそのような場では無かったもので」
オリガが窘めるように三つ編みを後ろに払った。
「えっと...ぼく、他の人達も着いたみたいだから出迎えてくるね」
ぱたぱたとエリザが早足で玄関に向かう。そうこうしているうちにまだ来ていなかったメンバーも到着したのだろう。
ふと、気がつく。
このロビーには窓がない。
ピグマリオンは依然表情を変えず、自分達が黙り込んだのを見ると「ルームキーはあちらにありますので、各自自分の部屋の鍵をお取りください。では。」と背を向けた。
誰も動けなかった。
もしかしたら、とんでもないことに巻き込まれるのかもしれない。
____ここから出なければ。