エレベーターに乗り込み、地下まで運ばれる。
ガタンと古めかしい箱は音を立てて目的地へとラウラを運んだ。 次々に人は掃けて行く、今回は自分じゃなくて良かった。なんてそんな目線がラウラを突き刺し、堪らずに俯いた。
が、様子がおかしい、自分1人しかその場には残されて居なかった。
敵を探すも見当たらない。嫌な予感がする。
そう思った瞬間よく目を凝らせば暗闇の中、少女が1人踊っているでは無いか。 パッと、光ったスポットライトは全身全霊を注ぎバレエを華麗に踊る少女を照らし、輝かせた。
こちらには気がついていないのか無心で踊り狂っている。片脚を軸にピルエット、ヒラヒラとフリルの服をなびかせた。
その顔に見覚えが無いわけなかった。
「…………オ、ディ」
「ようこそ、ラウちゃん」
「オディ、なんで…っ」
そこに居たのは紛れもないラウラの親友、オディリアだった。
カネコだけじゃなくてオディリアまで、ラウラの頭の中はグチャグチャになる。なんで?どうして?私の親しい人ばかりが。この時ばかりは居やしない神を酷く憎んだ。
動揺と悲しみ、そして怒りに震えるラウラにオディリアは丁寧にお辞儀をする。
「私はオディール、Candy Gift Serpentの一員、演目はジャグリングよ。楽しんでいってね」
ラウラは刀を構えた。
オディリアがサーカスだった。あの優しい笑みが可愛らしかった優しい子が。受け入れられないのはラウラだけではなかった。
だがどうして今になって次々に正体を表すのだろうか、理解が出来なかった。
どうやらCandy Gift Serpentの人間は余程演技が上手く人の心が無いように思える。
堪らずに癖で爪をガリガリ噛んでいると背後に気配を感じた。ゆっくりと振り返ると、やはりというか予想通りに右目に黒い眼帯を付けたエリザが居た。
「やぁ、…あぁ、この目?ちょっと色々あってね。大丈夫、君が気にする程じゃないよ僕はタフだからね」
色々ってなんだ?なんて野暮な事は聞かない。どうせ聞いてもこの人は適当にはぐらかすだろう、そんな事が分からないほど馬鹿ではないのだ。
ただ無言で自分を見るだけで詮索をしない自分に面を食らったエリザが少し驚いた。
「驚いたな、君なら色々聞いてくると思ったのだけれど」
聞いた所で教えるつもりなんて無いんでしょう?その言葉は飲み込み頬を掻きながら困り顔をしているエリザのいつもの質問にどう答えるか考え始めた。
→ラウラ・エスピノ
「…彼女色々失ってるものが多いからね…だからこそ今全力が出せるのかもしれない。君も、かな?」
軽く微笑んだエリザはまたどこかへ行ってしまった。
「…っ、オディも、裏切ってたんだ。私たちのこと」
感情が昂ったラウラはピグマリオンの戦闘開始の合図も待たずに勢いよくオディリアによく似た悪魔に斬りかかった。
その様子を目視しながら、動かずに避けようと思えば避けられた攻撃を受け容れた。謝罪のつもりだとでも言うのだろうか。
下から掬い上げるように逆刃で繰り出された攻撃はオディールの太腿のタトゥーを真っ二つに斬り裂く様に亀裂を走らせた。
「私達にも大切な人がいるの、取り戻したい人が…」
太腿のホルダーからグレネードを取り出しジャグリングをする、あの人から教わった技だ。ラウラも大切な親友である事は、正体を明かした今でも同じ事。だから、
「私が葬ってあげます、ラウちゃん」
大切な人の人生は自分の手で終わらせたい。
落下するグレネードを一つ、ピンを抜くと素早く投げつける。閃光と轟音、熱風と熱気。辺りは忽ち煙に包まれた。彼女のグレネードの破壊力は前に見たものより威力が増している気がしたのは気の所為では無いだろう。
「どんな気持ちなの?楽しかった?おまえも…っ」
問い掛けてもオディールは微笑むだけ。気味が悪い。何を考えているのか今になってはラウラはさっぱり理解する事が出来なかった。
ラウラは泣きそうになりながらも刀を構える。そうするしかなかった。
髪の毛を結ってくれる人が居なくなってから下ろしたままの髪の毛が邪魔で鬱陶しくて耳に掛けた。
こんな戦い早く終わらせたい、その一心で首を狙って攻撃を繰り出した。
「…早く殺してやる」
「………そう」
悲しいわ。なんてまったくどの口が言うのだろうか。そんな事全然思ってもいないくせに!
力任せで感情的な攻撃は軌道が簡単に読め、オディールに躱されてしまう。
接近したその一瞬、オディールと混ざり合った視線は本当に悲しそうで何が何だか分からなくなってきた。
次は自分の番だと言わんばかりにグレネードをぽんぽん、本当にジャグリングをする感覚で投げてくるので全てを避けきれずに何発かをもろに食らってしまう。
煙たい黒煙を吸い込んでしまった肺は悲鳴を上げ、ゴホゴホと何度も咳き込み、視界は言わずもがな最悪。これではどの方向から攻撃されるか分からない、全方向を警戒しながら刀を構える。
「こっちよ」
「!?…ぅ゛あぁ゛っ!!」
声のする方へ向いたってもう遅い。グレネードは閃光を放ちながら爆発した。あまりにも近くで爆発に直撃したラウラは長くて美しかった髪の毛はハラハラと焼け落ちてしまった。この髪の毛にはたくさんの思い出が詰まっていた。毎日髪を結んでくれたバラニーナ、そしてアナスタシア。綺麗だと褒めてくれたあの人。
思い出さないようにしていた事が一気に脳裏を駆け抜ける。
じくじくと熱で痛む首や四肢、居なくなってしまった人達。心も身体も痛い、痛くて限界だった。
とうとう流すまいと耐えて堪えていた涙がぼろぼろと零れ落ち、ラウラの瞳を縁取る長い睫毛を、頬を濡らした。
そんな姿をみたオディールは静かに近寄る。
「ラウちゃん、泣かないで…ちゃんと殺してあげるから、ね」
優しく、まるで子供をあやす様に慰める。
それでも尚涙はしとどと零れ続けた。嗚咽が漏れ苦しそうに肩を震わせた。
「最初から信じるべきじゃなかったんだ、お前のことも、…カネコのことだって…っう、ぅ…」
「ラウちゃん……苦しいんですね、大丈夫、すぐに楽にしてあげる」
そう言うと再びグレネードをラウラに浴びせた。メンタルも身体もボロボロのラウラはもう一歩も動けずにただ自分に降りかかる爆弾をぼんやり眺めていた。ランハートもこんな光景だったのかな。
熱で皮膚が焼け爛れ、気がついた時には右腕が無かった。痛覚は麻痺して何も痛くなかったのが幸いか。
床に転がり落ちた漆黒の刀をオディールが拾った。
「これでお別れ、ばいばい。ラウちゃん」
「…っ、やだ………」
そして刀を真っ直ぐ胸へと向けた。
先端がズブり、と柔らかい身体に沈んだ。
「…オディ、は…私の、親友…じゃ、なかったの……?」
「うん、ラウちゃんは親友。私の大切な人…だから」
にこりと笑った。
「だから、私が殺すの、大好きだよラウちゃん」
私が出来る最上級の事、大切な人の最期を自分で飾れる、なんて幸せな事なのだろうか。オディールは幸福に満ち溢れた表情をしていた。
観客席からみたらなんて不気味な事だろうと思われるだろう。それでも良かった、オディールの事を理解出来るのはオディール自身だけ。所詮サーカス団と軍人ではオディールを理解するなんて到底不可能。
恐怖で震える身体を見下ろし心臓を一突き。か弱い生命の灯火は意図も簡単に舞散った。
「勝者、オディール!」
「……」
ピグマリオンには目もくれず、刀を床に置いたオディールは観客席へと目を向ける。まるでショーの終わりの様に丁寧に頭を下げその場を後にした。
挿絵:ふじ、こあらねこ、沓谷、加工済み魚類
ロスト:ラウラ・エスピノ