episode 12


今日で二巡目の戦闘が終了してしまう。一巡目では八週間かけた戦いが二巡目ではたったの四週間。館から人が消えた証拠だ。こうなる前に早々に逃げ出したかったのに、怪しい場所は見つかれど監視カメラの存在がそれを許さない。
時間を知らせに来た進行役にもう一週間が経ったのか、と応えた。
もう誰が生きていて誰が死んだのかの感覚も薄れてしまった。死んだあの人がご機嫌良う、なんて話しかけて来やしないかなんて何度も考えた。ふらり、と影から身を表す。これで四回目だろうに、シャオリンの驚いた視線がサーカス団衣装のネオに突き刺さる。

シャツと骨を模した模様の浮かんだベスト、モノクロと紫で統一されたフォーマルな衣装の雰囲気を隠すようにフード付きのマントを被った姿がスポットに照らされた。
……今更驚かないよね、もう4人目、4匹目?だし。初めまして、俺はサーカス団のネオ。あー以後お見知り置きを。……なんてさ」

長いグレーの前髪の下の目が皮肉げに細められる。ずっと知っていたはずの仲間の知らない部分。無愛想な彼は、こんな表情をする人だっただろうか?シャオリンは驚異の目をみはった。
………アナタも、でしタか!どうシテ今になっテ正体を……
……さぁ?なんでだろうね。」

「なんでも何モいいえ、戦う理由が明確になったと思えバ!絶対負けまセンから!」
そう言い切るとモーニングスターを構える。
ネオも合意したように様子を見やるとクロスボウに矢をセットした。シャオリンの対応は厄介が無いものだったらしい。
「そうだね、わかりやすくなったでしょ?これは殺し合いだからさ」
ネオは左手の手袋を外すとシャオリンの足元に投げ捨てる。生命を賭しての決闘の合図だ。

「ハイ、臨むところデス………!」
東洋人のシャオリンには馴染みのない西洋の風習であったが、意図は伝わっているとばかりに頷く。
ピグマリオンは高らかに戦闘開始を告げた。


これで四人目のサーカス団。この軍隊は一体どうなっていたんだ。もしかして、一巡目で死んだ八人の中にも居たのではないか。
恐ろしい考えが脳内で嘲笑うような嫌な笑みを浮かべ横たわる。観客席は酷く静かだ。それがまた不安を煽られる。
「知らない事はこわいかい?」
突然かけられた声にびく、と背が跳ねた。
音の方向を反射的に目が追う。驚いたこちらの反応を申し訳なさそうに見ていたエリザが居た。
どうしてこう、毎回突然声をかけてくるのだろうか。怒るに怒れず、いつもの問いを待つ。
「知らなくていいよ。それが最善さ。きみにとっても、ぼくにとっても。
……さて、どっちが勝つと思う?」
文脈から外れた少しの牽制を含んだ言葉。何かを言いかけたようだが監視カメラを警戒する様に目線を外した。

→ネオ

返答を聞きこちらを見て軽く微笑むと踵を返した。エリザやピグマリオンは一体どんな事情を抱えているのか。
それがこの非生産的なデスゲームの開催に見合うものなのかはわからない。当事者の自分達にとってはどんな理由を突き付けられたとしても納得は出来ないだろう。
尤も、死んだ十一人とこれから死ぬ一人が浮かばれる理由なんて用意出来るはずもない。

→堪らず声をかける

どうしたんだい?と落ち着いた声と共に不思議そうな顔が振り向く。惑わされてはいけない。
いくら親しみが持てる人物であろうと、やっていることは途方もない悪事。
情報を聞き出さなければ。


→サーカス団について教えて
サーカス団について教えて、と口に出す。
「全部で七人さ、ぼくが知る限りじゃあね。案外怖い人達じゃなかったかな。
……ぼくがなんで知ってるか、って?さあ、なんでだと思う?」
いたずらっ子のような笑みを浮かべられる。
お喋りはここまで。さあ決闘を見届けよう。




「まだ、死ねないんだよ!」
「ワタシだっテ!負けられないンデス!」

凄烈で激しい決闘。それに適した武器で攻めの一手を取り続けるシャオリンの前ではネオはやや劣勢であった。
矢を打つ暇も与えないとばかりに振られ続けるモーニングスターにより気付けば体は傷だらけ。これじゃあ勝ちを願ってくれた十五の歳で毒蛇を背負った少女にも、強くなったねと認めてくれた母の温もりを持つ彼女にも顔向け出来ない。
____いけないな、後者に顔を向ける日は自分が死ぬ時だ。
ついでに云えば同じ地獄に居るとも限らないが。
「もうちょっと生きなきゃまだみんなの役に立ててないんだよッ……!勝つって言ったんだ待っててくれる人が、まだいる、から
「裏切り者が言えた口デスか………っ!アナタを勝たせる訳にはいかないデスっ」
今まで通り受けると思わせてネオは身を低く屈めた。

今回も力一杯振られていたモーニングスターの勢いのまま空振ってしまい、シャオリンは大きく隙を見せてしまう。
「裏切り者?俺は最初から仲間じゃなかったよ。
勝手にそっちが仲間だと思い込んで皆さん助け合いましょう!なんてさ!馬鹿じゃないの?」

これ以上は踏み込ませない。左右で違いの靴下に覆われているシャオリンの足を射抜いた。
柔い表皮の傷口から勢い良く血が吹き出す。骨付近の動脈にまで届いてしまったのだろうか。歩く度に鋭い痛みに襲われる。
っ、ソノ馬鹿にコレから負けていただくのデスが!」
「キミみたいに前を向き続けてさ、一体何があるの?希望があるの?……ないよ、こんなゴミみたいな世界にそんなもの。」
ネオだって次は避けられない。まともに食らった肋がミシミシと体内で音を立てた。ひゅ、と喘鳴の混じる呼吸が吹き込む。
ひびが入ったか、折れたかしたのだろう。
シャオリンだってマイペースに振る舞うのがモットーで、仲間を振り回すこともあった。でも……それでも、仲間の事をしっかりと想っていた。
だからこそずっと仲間の振りをしていた、皆を騙していた、この悪人に本物の軍人としてまだまだ厳罰を下さなければ!
「サーカス団とか、軍隊とか、神とか愛とか業とかそういうの全然無視して、向き合えてたら何か変わってたのかな」
再びモーニングスターで攻撃をする。攻撃の合間を縫って左肩に深深と矢が突き刺さった。損傷し、断裂した腱板の神経が痛みを伝えて喉から絞り出す様な悲鳴が零れる。

……全部もう遅いけど」
ネオの態度は諦観としていた。
可愛い女の子になりたかったのに、どうしてこんな場所でこんな裏切り者相手に痛めつけられているのだろう。
溢れかけた涙をフリルを付けた袖で拭うと、そのまま胸で拳を握り締める。

……、何もなくてモ!悲観的になっテしまうより、ただがむしゃらに進んで、!自分の為に生きたいんデス!」
ここまで傷付けても前を向き続けるのか。
根本から相容れない。ネオは眩い物を見るように目を細めた。

「自分のために生きる、ねすごいね。俺はできないけど。……たしかに欲望って必要なのかも」

スポットライトを背に、ネオの右足を砕くつもりで強く凶器を命中させる。鉄球のぶつかる鈍い音と関節が外れた音が闘技場へ響く。
観客席で誰かが耳を塞いだ気がした。

……アナタには、欲望はなかったんデスか?何気ないコトでも、何か……っ」
………あったね、きっと。教えてもらえなかったけどさ、愛って欲望でしょ?……なら憎らしいほどあった。目を背けたから、意味なかったけど。」
本当はずっとわかっていた。生きるべきなのは自分ではなく彼女なのだろう。
怖くなかった筈の死がすぐそこまで這い寄っていた。
もうあとは無い。


的は極小。
出血多量で視界も劣悪。
足の震えが全身まで伝わり、この太陽を撃ち落とすには最悪のポテンシャル。
それでも。

_____それでも、どうかと祈りを込めた一矢をシャオリンの頸目掛けて放つ。
バシュン、と音が鳴る。


それは、慣性力で速度を持ったモーニングスターがネオの腹の中心を抉った音だった。
棘で押し広げられた皮膚が裂け、そのまま肉へと深く突き刺さる。ふらふらの体はそのまま吹き飛ばされ、鉄球の棘が抜けた瞬間に収納されていたはずの臓物が血液と共に緩やかに漏出した。

ネオの矢は、闘技場の無機質な壁に当たりカランと音を立てるとそのままあっけなく落ちる。
全て、遅すぎた。
もう一歩も動けない。

「ア、ハハ……やっぱ、幸せになりたいとか、死にたくないとか、誰かを愛したいとか、俺はそんな、こと、祈っちゃダメ、だったんだ」

そう言うと、喉いっぱいに溜まった血、臓物の破片、赤黒い塊を吹き零した。胴体に大穴が空いたのだ。もう五分も持たないだろう。
シャオリンは眉を寄せるとその姿をただ見守っていた。

………っ、、ひゅ……え゛っ゛ご、ぱっ……でも、やっぱり、もうちょっと生きたかったなぁ変わり、たかったやり直したか、った……産まれ、る前、から

暖かい家庭に生まれていれば何か変われたのだろうか、肯定されて育ったなら素直に幸せになれたのだろうか。
わからない。スラム街で一人で育ち、漠然とした苦しみ、不安、恐怖を抱えているからこそ己なのかもしれない。
なんてこんな討論、ただの茶番だ。

「どうせ、俺はどこにもいけないんだろう、し会えるわけ、ないよな ……………だ、けど、けど、さぁ!罰は、ここで、受、けるから
お前、が………俺を赦してよ……オリガ」

タンザナイトの瞳が天井の人工的なスポットの光に呑まれる。最期なら、アンタと一緒に空を見たかった気がした。

「戦闘終了です!勝者、李小鈴!」
………ありがとう、ございマシタ。


息をしない肉塊へと礼をすると、尚も泰然とした態度のピグマリオンを懐疑を含む目で見やる。
最初から、ずっとこうだ。
純粋に人の死なんて見慣れているという訳では無い。彼女はきっと人間として大切な物が欠如しているのだろう。
「お疲れ様。考え事?まずは傷を治してからにしようよ 」
………ええ、お願いしマス。」


憂いの笑みを浮かべるこの軍医だってそうだ。
ネオが託してくれた物があれば、彼女達が必死に隠している物を暴ける日は間近。
覚悟をしておけ、と視線を向けた。



‪挿絵:こあらねこ、ふじ、沓谷、加工済み魚類‬
‪ロスト:ネオ‬

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