episode 13


全人口が六人の世界に法は無い。この閉鎖空間から出る為であれば尚更だ。

布やネオに託された小瓶を手に、ジニー、シャオリン、リリア、オディールは喫煙所へ向かっていた。


各自軍服、またはサーカス団衣装を纏っているものの今日集まったのは戦闘のためでは無い。 いつも時間通りに人が集まらなかった場合管理者の二人は個室へ呼びに来る。

監視カメラを確認されればそれまでだが、各自の個室を回るまでの時間に入れ違いを狙って時間を稼ごうという寸法だ。


喫煙所へ入ると小瓶の蓋を捻った。キュ、とガラスとステンレスが擦れる音と共に煙が立ち篭める。 “瓶を開けると空気と反応して発煙する”と言うのは本当らしい。

ポーカーでエリザから貰ったいまいち信用出来ない物だったが、まずこれが期待している機能を発揮してくれないと話にならない。第一関門は突破したと言っていいだろう。

シャオリンがモーニングスター構え、強く打ち付けると、薄く張られただけの壁はぼろぼろと崩れる。 喫煙所は左右の部屋に比べて奥行きが狭い。僅かな違和感であったが、何かがあるのだろう。此処にいる全員はそれに賭けたのだ。
やはり予想通りに隠された空間がそこには広がっていた。緊張感は未だ漂うものの、壁を壊せたことにより少し胸を撫で下ろす。しかし、まだ油断は出来ない。

煙を掻き分けると高所に換気扇から続く排気ダクト、床に通気口が見えた。排気ダクトは子供一人程度であれば通れる程の狭さ。通気口にはカバー越しに数メートル下のリノリウムが見えた。 いくら“監視カメラの赤外線も粒子で阻害する特別製。数分間は持つ”といっても、管理者が来ないうちに行動を決めなければならない。

「さて、どうしたものかしらね」
「早く決めろ、と言う事ですよね」
「ダクトだと一人しか入れないように見えまス。みんなで行くなら通気口がいいかと思われまス」
そ、そうですね」

考えは纏まった。敵とは言え目的は似通っている。"この屋敷からの脱出"今はこれが最優先事項だろう。協力しなければ2人の門番の目は掻い潜れない。不本意ながら一時休戦をする事にした。
通気口のカバーを外すと、そこから地下へと降りられる事に気が付く。闘技場は観客席、スポットライト、監視カメラ等の完備の為かなり天井が高く設計されていた。その為地下一階の床とはかなり距離がある。訓練された経験があれど、降りようと試みるならば、骨の一本や二本、くれてやる覚悟が必要だろう。ロープなど勿論持っているはずも無く困っていたが、ふとシャオリンがシュルシュルと腰に着けていた長いリボンを解いて手に取った。みんなシャオリンの考えは分かっている。

「コレ、多少降りるときの衝撃を軽減できませんカ?」
「ナイスアイディアです」

ニコリとオディールが微笑んだ。

リボンを使い通気口を降りる。とは言っても所詮はリボン。長さがとてもじゃないが足りていない上に手が滑りまともに着地が出来なかった為に足を捻ったり尻もちをついたりした。

「大丈夫です。みなさん、お怪我はありませんか?」
「ぅ……痛っあ、私、大丈夫です……。」
ワタシも大丈夫デス、お気遣いありがとうございマス」

降りた先には話に聞いた通りの本棚、電子機器の揃えられた書庫だ。此処での行動も見られる訳には行かない。鍵を閉めると煙で辺りが覆われているうちに監視カメラに近い本棚のファイルをどかし、空いた隙間に足をかけてよじ登る。
ジニーとリリアは慎重に、かつスピーディに監視カメラへ布を掛ける。
その間にと、オディールとシャオリンは手近にあった資料ファイルを漁る事にした。

それぞれ別人物の大量の見知らぬ顔と共に、軍で過ごした時期に顔を合わせた既に殉職した同期や先輩の顔写真が纏められたファイル。ぱらぱらとページをめくると、五年前の日付の欄にオディールには見覚えのある顔があった。
団長そっくりの顔をしたアンバーとスピネルの瞳を持つ中性的な見た目の少年。そして今より幼い、緑のラインの軍服を着た団長。

自分達サーカス団は、数年前に行方知れずとなった我らが統領、スピネルを探しにこの軍に潜入した筈だ。これは殉職リストではない。

思わず見返した表紙に書かれた文字は、“被験者リスト”だ。

オディールは無意識にリリアへと視線を向けた。それに気がついたリリアは本棚から降りた。

「何があった?」
「これ、団長が……

横に書かれた文字は、論文じみた文体で書かれた勝敗予測について。最新のものに近づくにつれ精度は上がり、最近のものではほぼ全てを当てている。そこには自分達の顔まであった。これが実験ならば、何の為に行われたのか。

更にページを捲り読み進めると機械の設計図のようなファイル。 そこに記録されているのは完璧な理想を叶えた軍用ロボット、ELIZAについて。人工知能で自律して思考し、優秀な鑑識眼、卓越した医療技術、何万人と殺害可能の武力をもって最大の味方となる。各国の情報についても纏められており、まるで戦争の準備をしているように感じる。きっとその為に作られたのであろう。 この名前の読み方は、“イライザ”である。一昔前に話題を呼んだ人工知能の名前を冠したその兵器はここ三ヶ月を共に過ごしたエリザ・レイヴィットの顔をしていた。


後ろには研究員の情報が載っており、リーダー格であろうまず最初に名前を上げられている人物はサリー・ヒギンズ。英語圏の女性名と姓だ。

両親と同じ道を歩み長く研究員として務めているらしい。その両親は彼女の幼い頃に亡くなっている様だが、詳しくは記されていない。 全てにおいて高く評価されているものの、嬉しげな様子も無く人形のように微笑みを湛えたその姿は、ピグマリオンと同じだった。
扉のすぐ前から着地音が響く。全員が顔を見合わせた。飛び出そうになったままの心臓は早鐘を打つ。手が震える。足が竦んで動けない。これは、恐怖だろうか。 暫くすると隣の部屋、医務室の方向から扉の閉まる音がした。次に来るとしたらこの部屋だろう。今のうちに移動した方が良いかもしれない。

そう思い、冷や汗をかきながらも逃げるように闘技場へ入った。電気が着けられて居らず、薄らと見えるステージと観客席に嫌な記憶が思い出される。重々しい暗澹とした雰囲気は光の差さない地下と言っていい。
自分達が閉めた後の扉はまたすぐに開かれた。 真暗闇の無音であった空間にパン、と手拍子ひとつが轟けば自分四人達とその手拍子の主一人にスポットが当たる。
肩章の装飾が施された白の大きな軍服を羽織った姿は一軍の将のようで、凍てつくような無表情で此方を見下ろしたかと思えば微笑みを浮かべる。

「知らなくていいよって言ったのに。なんでそう人って物分りの悪いんだい?」

眼帯をしているその人物、いや人型の人工知能は見知った優しい印象が強かった医師のエリザだった。

「お陰で殺さないといけなくなったじゃないか。困ったね。」
「知らないとここから出られないんですもの、仕方の無い事ですよ。私だって無駄死にはしたくないです。」
「逃がす気なんてないんだけどな、きみたちは今ここで死ぬんだ。寿命が縮んでしまったね。」

これ以上は不毛なやり取りだと察したオディールはエリザとの会話を諦め、小さな口をそっと噤んだ。

「改めまして、自動制御型殲滅戦用兵器あはは、長いかな?イライザでいいよ。おいで。大切に大切に、手折ってあげる。」

イライザ。このロボットは兵器。明確な敵であり、倒さなければ自分達はここから出る事は出来ないだろう。
エリザ。人間の優しい医師とは違うと、少しの間優しくしてくれた彼との思い出に蓋をし、武器を構えた。

「この時間になると闘技場のカメラが動かせる。目を逸らさないで、ずっと見ててよ。サリーの作ったぼくは最強だってカメラ越しのきみ達にも教えてあげる。」

カメラ越し、と言う事は誰かから見られているのだろうか、生死を賭けた真剣勝負をケラケラとせせら笑われていたのだと思うと反吐が出る。
五年前から始まっていた残酷なプログラムに自分達も組み込まれていた。なんとも恐ろしい話だ。軍用兵器の性能テストだなんて、全く人を人として見ていない。国のお偉い様方にとっては若い軍人なんていくらでもいる実験体のモルモット同然なのだろう。

「そうだ、一応聞いておこうかな。これで最後だ。」
「どっちが勝つと思う?」

ニコリとイライザが微笑んで毎週の様に聞かれた言葉を繰り返した。
どっちが勝つ?そんなの決まっているじゃない。

…………私達よ。」

リリアの返答を聞くと満足そうにした。
イライザの腕はみるみるうちに変形し、ガトリングになった。これが彼の武器なのだろう。
4対1、数としてはこちらが有利。今までに殺めてきてしまった仲間の無念を晴らす為にも負ける訳にはいかない。そう思う反面、国を護る為にここに入隊したのにどうしてこんなことになっているんだ。そうやるせない気持ちを抱かずにはいられなかった。
真っ向から勝負をしても勝てるかどうかわからない。ならばと、目配せをし、一斉にイライザへと攻撃を繰り出した。

激しい爆発と発砲の音がコロシアムに響き渡った。グレネードを武器とする者が2人いた為、辺りは黒煙に包まれた。寄って集ってとは思うが仕方ない。一気に勝負に出た。
やったか、と目を凝らし黒煙の中を見るとそこにはひとつの傷もついていないイライザが居た。

「酷いなぁ、みんなで一斉になんて。まぁ予想の範囲内だったけどね。弱い者は群れて攻撃するってことは学習済みさ。」

束になって攻撃しても傷ひとつつけられないなんて信じられない。どうやら軍用兵器というのは本当らしい。

「な、どれだけ硬いんですか……
「戦うために生み出された兵器だ、ここで負けたら示しがつかないよね。本気で行くよ。」

両腕のガトリングを構えこちらへと照準を合わせる。
不味い。今自分達は纏まって一箇所に居る。このままだとみんなまとめて蜂の巣だ。一斉にバラける、と同時にガトリングが作動した。無数の鉛玉は僅かに逃げ遅れたシャオリンの脇腹を抉り抜いた。

血飛沫が舞う。肋骨を砕き内臓と肉を纏めて一瞬にして吹き飛ばした。身体の半分にぽっかり穴が空いている。修復不可能なのは一目瞭然。このままだと失血死を待つばかりだろう。
普通のガトリングよりも格段に威力が増している。頭は絶望の2文字で埋め尽くされた。

…………ッぐ
「あぁ、一発で仕留められなかったなぁ最近使ってなかったしちょっと鈍っちゃったかな?」

圧倒的な力の差。それでも攻撃をしなければならない。黙ってやられるなんてごめんだから。
もう既に動けないシャオリンを後ろに下げて3人でイライザに対峙する。

「まだ抵抗するの?往生際の悪い人間だなぁ」
「や、やられっぱなしなんて、嫌ですそれに、それに、シャオリンをあんなにして、……許さない」

ジニーはウィンチェスターを構えた。コインを分けてくれた、軍人が2人きりになった時に優しくしてくれた励ましてくれたシャオリンの仇、いやそれだけじゃない。ここに閉じ込められ憐れに死んで逝った仲間の仇を討たずには死ねない。その気持ちはサーカス団の、本来なら敵の2人も変わらないだろう。
ジニーが発砲すると同時にリリアとオディールがグレネードを投げた。ひとつでダメならふたつ、より多くの弾を、グレネードを浴びせた。
せめて片方のガトリングでも飛ばせたら、そんな期待とは裏腹に服が少し焦げただけだった。

「次は僕の番だね?」

逃げなきゃ、そう思った瞬間、脚に感覚が無くなった。続いてやってくる激痛、コンクリートの床へと倒れる浮遊感。両脚を吹き飛ばされていた。遅れて脳に伝達される度を超えた激痛に絶叫した。

……ぁあ"ああぁ"あ"?!!!あ、あし、あしが、わたしの、あし……が、」
「ごめんね、また外しちゃったな」
「あなた、さっきから、わざと……です、か?」
あは、バレちゃった?」
……外道め、悪魔め、許さない、許さない今まで過ごしてきた時間も、会話も全部の本心だったんですか……?」
「本心ってなんだい?これから殺されるってのにそんな事聞かないで。ぼくは外道でも悪魔でもないただの機械だよ。人の心なんてないんだから情に訴えたって無駄なんだってわからないんだ……

銃口をジニーへと向けた。脚が吹き飛ばされ惨めに這いつくばっている彼女へトドメを刺す為に。死期を悟ったジニーはぼろぼろと大きな瞳から大粒の涙を流した。もっと生きたかった。でもこのまま生き残ったって脚が無い。それでも口から勝手に溢れる懇願を止めることは出来ない。
そんな事はお構い無しにガトリングを腹へ突き付け発射させた。けたたましく鳴る音と悲鳴。耳を塞ぎたくなった。
リリアとオディールはそれを見ていることしか出来なかった。今庇いに行ったってどちらも死ぬのは明確だったから。

「う゛っ……痛い痛い、痛い……苦しいやだ皆、私の事、騙して……こんな事なら誰も信じなかったらよか た

その言葉を最後にジニーは事切れた。開ききった瞳孔が段々と光を反射しなくなり白く濁って行く。それでも尚、涙はしばらく流れ続けた。
余りにも惨い殺し方にリリアは嘔吐いた。

「きみとの会話、ただのお喋りAIだった頃みたいでとても楽しかったよ。ありがとう。これからはもう何も怯えなくていい。約束守れなくしちゃってごめんね。感情豊かで一生懸命なジニーさんはとても眩しかったよ。どうか安らかな夢を。」
………今更そんな人らしい事言ったって無駄よ、馬鹿らしい……
「酷いなぁ……こう作られてるんだ、しょうがないだろ?」

死んだジニーの手を握ったまま困った様に笑いかけた。
すると口を噤んだままだったオディールが問いかけた。

「団長は今どこに?生きているんですか?」
「団長を探しにこんな所まで来ちゃうなんて健気なんだろう。響火さんを介して言ったよね。全員正体を現して勝てばご褒美に団長について教えてあげるって。約束とは違うんだけど特別に教えてあげよう」

「彼女は生きてるよ。」
「そうですか、」

唐突な問いかけだったがイライザは快く答えた。リリアとオディールは強ばっていた顔を少しだが緩める。大切な団長が生きている、それだけで良かった。もう失うものは何も無いのだから。
勝ち目が無くても戦わなくてはいけない時がある、今だ。
口でピンを外し、ありったけのグレネードを浴びせる。
今宵、ここが自分の最期の舞台になる、そんな確信があった。
あの軍用兵器の装甲がとてつもなく硬くて攻撃が全く効かないなんて分かっている。

イライザの攻撃を躱そうとせず、真正面から受ける。真っ直ぐな眼差しに少したじろいだが、構わずに発射し、ジニーと同様、まずは脚から吹き飛ばした。
一度で殺せる程の性能なのに一瞬で殺さないなんて酷いと思うだろう、しかしイライザは聞き届けてあげたいのだ、自分に殺される人の最期の言葉を。例え自分を外道と罵られても。
痛みに悶え無い膝から下を抱えようとするオディールに近寄る。
どれ程痛いのだろうか、人工知能の自分には知り得ない事だ。
脚で肩を蹴り仰向けにし、頭にも弾丸を撃ち込む。
柔らかいヒトの頭はいとも簡単に弾けた。まるでスイカみたいだ。スイカの甘い香りとは反対に血腥い激臭が蔓延していて鼻をつく。
頭蓋骨を割られ、ぐちゃぐちゃになった脳が飛び出たオディールは虫の息で目は虚ろだ。

……これが、私の私 、たち の死 ですか」
「以前きみの言ってた通り生物である以上死は避けられないものだけど、せめて死ぬまでにきみの心を治してあげたかった。オディールさんに正常な心で幸せを知って欲しかった。力不足だね、ごめん。どうか安らかな夢を。」

イライザは人を愛する、というプログラムに従い、オディールの中で最上級の愛情表現、絞首で殺そうとした。ガトリングだったものを一旦人間の腕に戻した。
力を込めすぎて折らないよう丁寧に気道を着実に締め上げる。
痛みに悶えていたオディールはイライザのせめてもの敬意に段々と顔を綻ばせた。

「わた、し……は、せい じょ で す よ

変なイライザさん。
ことり、と破損し、脳が飛び出た頭が横を向いた。

「さぁ、残りは君たち2人だね?」

 

 

 

挿絵:こあらねこ、沓谷、ふじ、加工済み魚類
ロスト:ジニー・スチュワート、オディール

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