episode 14


目の前に広がるのはあまりにも呆気なく、赤子の手をひねる程簡単に殺されてしまった仲間たちの散らした真っ赤な鮮血、まだ若い証拠のピンク色の臓物、そして目が白く濁って焦点が合っておらず人の原型を留めていない死体。
もしかしたらここが地獄だったのだろうか?そう疑いたくなるほどの惨劇だ。
残るは自分を含めあと2人。絶望的状況を打破する方法をどれだけ思考を巡らせても思いつかなかった。

「さぁ、かかってきなよ」

両手を広げて私達の攻撃を待つイライザは余裕綽々。攻撃が通らないのにどうやって勝てばいいのだろうか。戦うと思っていなかったから爆弾もいつもより所持数が少なく、底をつきそうだ。せめて片腕でも飛ばせれば……
そんな事を考えて、攻撃を躊躇っていると突然イライザが銃口を向けた。

「攻撃しないならぼくからいかせてもらうよ?シャオリンさんを放って置いても出血でじわじわ苦しんで死んでしまうだろ?それはとても辛くて可哀想だからね」

咄嗟に身体が動いた。

「っ、シャオリンさん!」
「へ……?」

床でぐったりと倒れているシャオリンを庇うように突き飛ばし、代わりに攻撃を受ける。
連続する発砲音と共に額を貫通する幾多もの弾丸。
あまりにも強い衝撃にふらりと床へ倒れた。頭からはどくどくと血がとめどなく溢れてくる。殆どの弾丸は貫通したが、幾つかまだ脳に残っているようだ。酷い頭痛に頭を抱え込んだ。そうした所で痛みは引くはずもなかった。

「り、リリアさんどう、しテ、私た、ちは
……さぁ、どうしてかしらね、勝手に身体が動いてたんですもの、わからないわ」
「美しい!友情ってやつかな?はは、元は敵同士なのにリリアさん、きみは情に厚いんだね。素晴らしいよ、まさに"人間"そのものだ!」
「気持ち悪いわ、ね、その口を閉じなさい」

ケタケタと笑うイライザ。
リリアにとってどんな言葉を並べられたって不快で仕方なかった。
自分はなんで、どうしてこんなにも気持ちの悪い得体の知れないロボットなんかに情を抱いていたのか、ただただ腹立たしい。
そんな怒りに身を任せて、残りが少なくなった薔薇の爆弾を握り締め、人間ならば脚にあたる部分に投げつけた。今までは上半身を中心に狙っていた。ならば下半身ならどうだ、どうか、少しでもいい、ダメージを与えてくれ。
リリアの決死の思いを載せた爆弾はけたたましい爆発音をあげながらイライザへ直撃した。
黒煙の中のイライザは確かに膝をついていた。右脚の膝から下の部品が吹き飛んでいた。これはイライザ自身も想定外だったのか、目を見開き驚いている。見た目こそ人間だが、膝の断面から覗く金属部品や回線コードは明らかに人間ではなかった。

…ぼくに膝をつかせるなんてね、困った子だね?サリーに強化してもらわなきゃかな」
「ふんざまぁないわね
「さて、そろそろトドメを刺そうかな、邪魔しないでくれよ、辛くなるのはシャオリンさんだ。」

片脚になりながらもイライザはシャオリンへ銃口を向けた。無抵抗な小さな身体を蹴りあげてうつ伏せにする。そして頭に照準を合わせる。明確な死の予感にヒュッ、とシャオリンは息を詰めた。

「一番にきみに人を殺させてしまった事申し訳ないと思っている。これからは辛い役目は全てぼくに任せて?さあ、頑張り屋さんのシャオリンさん。どうか安らかな夢を。」

ガタガタと無意識に恐怖で身体が酷く震える。こんな所で、家族や大切な人に自分の死が伝えられないかもしれないこんな所で死ぬのか。自分は誇り高き軍人だ。弱い人を沢山救い、この国をより良くするのが夢であり目標だったのに。それなのにこんな仕打ちはあまりにも酷いのでは無いのか。殉職ですらないのに。ぼろぼろと大粒の涙が流れた。

………イヤ、………ワタシ、……なんで……………死にたくナイ、自分の為に、生キて……、だから、だからココで死んだら……何も、意味なんて………………

引き金は無慈悲に引かれ、強力ながドリンクで撃ち抜かれたシャオリンの頭は弾け飛んだ。床に散らばったシャオリンの血の跡は花のような模様を描いていた。

「残りはリリアさんだけだね」
「約束、したの勝って、おめでとうって言ってもらうって一人でも闘うわ、私」

かつて仲間だった人達の死を悲しむ暇すら与えてくれくれない。

「死ぬのは貴方よ、イライザさん」

まっていて。この悪魔に勝って必ず、必ずみんなの事を綺麗な場所へ埋葬するから。青い薔薇を手向けるわ。

「こんな時に冗談かい?その年の女の子ではこれが普通なのかな?そんな身体で僕に勝てるとでも思っているのかな」

イライザを無視してフラフラと、痛む頭を抑えながら壁伝いに立つ。正しく言えば耳ももう聞こえにくくなり、何を言っているのか聞き取れなかった。脚は可哀想なくらいに震えていて、壁が無ければすぐにでも倒れてしまっているだろう。
気力を振り絞って腕を振り上げる、そしてイライザへと投げようとした時、花束は床へ落ち、同時にリリアも倒れた。
失血死を待つリリアにイライザがそっと近寄り、寄り添う。

「きみの幸福は結婚だったのに、ロジェさんを奪ってしまってすまない。こんな一般的な普通の幸せを願う女の子の命それをこれから奪ってしまう責任はこの体朽ちるまで背負っていくよ。式場でリリアさんの更に綺麗な笑顔を見てみたかったな。どうか安らかな夢を。」
「いつもそう……貴方みたいな略奪者一番嫌い……一生、呪ってあげる貴方に祝福が訪れない事を願うわ……

睨みながらぼろぼろと零れる涙は止まらない。イライザは憐れむ様な視線を向け、指の腹で涙を拭い取った。
やがてリリアの心臓は動く事を止めた。あまりにも短い生涯に幕を閉じた。

閑散としたコロシアムには四体の死体と片脚の無くなったロボットが一体。
そこへ何処からともなく暗闇から女性が現れた。

「さて満足して貰えた?きみにとって面白い結末になっただろうか、スピネルさん?アンバーって呼んだ方がいいかな?」

スピネル、と呼ばれた彼女は右の眼をアップル・グリーン、左の眼をアンバーに輝かせる。両の眼に毒ヘビとクロコダイルを飼っていた。

「ん?なーんだ僕の名前知ってたんだ、あははまぁ面白かったんじゃない?皆殺しなんて芸が無いけど」
「五年前から変わらないね。仲間を差し出しておいて全く、人間が皆きみみたいだったらもっと苦労していただろう」

くすくすと笑うスピネルに銃口を向ける。

「ああ。皆殺しさ。その中にはきみも入っている。」
「ふーん、で?君はまた面白みもなくそのガトリングで僕の事殺すんだねぇ」
「酷いな。ぼくは機械だけど痛みも感じれば罵られたら悲しいよ。ところで、面白いって何だい?」
「面白いって事はね、じわりじわりと大切な人の目の前で殺すことだよ!だってあの絶望的な顔って言ったら!ふふ、君にはわからないかなぁ、ロボットだもんねぇ」

イライザの顔が歪み怒っているようにも見受けられる。そう思った瞬間、両腕のガドリンクを発射した。
スピネルはそれを予期していたのか、驚きもせずにこにこと笑ったままだった。
彼女は死を待ち望んでいる。

「歪んだ人殺しのアンバーさん、多分きみだけは永遠にその性質のままだろう。正常な精神を持てなかった可哀想な子。最期だけはよく眠るいい子でいてくれ。どうか安らかな夢を。」

乱雑に発射された鉛玉はスピネルの頭を、肩を、脚を、腹を、全身を抉り蜂の巣にした。
そこにはかつてオーストリアを恐怖に染め上げた殺人鬼はもう居なかった。

スピネルは死ぬ間際、思い出していた。自分が作ったサーカス団の事を。


みんな何かしら問題を、心の何処かに傷を抱えた子達ばかりだった。それを優しい顔と甘い声色で魅了し、殺人鬼に仕上げた。弱い心の人は簡単に倫理観なんて捨ててくれるから殺しのノウハウを教えるのは容易い。
芸も徹底的に叩き込んだ。

ただの殺人鬼じゃつまらないでしょう?

どうせなら自分を狂わせたサーカス団の様に、彼等にも狂っていて、それで美しくあって欲しかった。

成長した彼等はとてもよく育った。そして、更なる"面白い事"を見るための道具になってくれた。今回の戦いは堪らなく面白かった。

まるで5年前の自分を見ているようで。

でも弱い、サーカス団だと正体を明かす前に呆気なく死んでしまった子達もいる、なんてつまらないのだろう。

もっと強い子に育てたつもりだったのだけど、彼等はとても脆くて、ただの人間だった。

僕もそうだ。脆くて、弱っちいただの人間だ。だからここで死んでもあの子も怒らないでしょう?




戻ろう、サリーの所へ、地上は硬直状態。いつ戦争が始まるかわからない。オーストリア政府がイライザを、完璧な軍用兵器を完璧に作り上げたら確実に脅威になるだろう。そうなればぼくはみんなに必要とされる。

「ひと時の間だったけど楽しかったよ、さようなら、この楽園に静かな終わりを。」

リリアの持っていた青薔薇のブーケを手に取る。屋敷にはガソリンを撒いておいた。あとはこのコロシアムだけだ。医務室から持ってきておいたガソリンをばら撒き、そして薔薇のブーケを染みの多い高い天井へ向けて放り投げる。
地面に花束が落ちた途端に炎が撒き上がる。五体の死体とともにこのケンペレン邸は跡形も無く滅びるだろう。それでいい、ここで起きた事を知っているのはぼくだけでいい。
イライザは排気ダクトへと向かう。ここからなら少し狭いが外へ抜けられる。
外へ出ればサリーが迎えに来てくれているだろう。
さぁ、世界に証明しよう。サリーの作ったぼくは最強だって事を。

 

 


挿絵:ふじ、こあらねこ、沓谷、加工済み魚類、かたゆか
ロスト:李 小鈴、リリア=ベッラ、スピネル

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