episode 2


 

生温い風が開いたエレベーターの扉から吹き込む。あれから一週間、脱出の手がかりがないものかできる限り館を歩き回ってみたものの、何も出来なかった。 

____今週も始まってしまう。この中から一人、確実に死を迎える。闘技場に歩みを進める度に強い無力感に沈みこんでしまいそうだった。

「それでは、前回同様お声のかからなかった皆様は観客席に移動してください。」 ロジェを殺した悪魔が微笑む。

…言うことを、聞くしかないのか。

 

観客席がどんどん埋まってゆき、スポットにはスージィとシャオリン。この2人が照らされていた。

 

相手は、この人か。自分達は今日、どちらかが死ぬまで戦わなければならない。先週の血溜まりもロジェの死体も無くなっていた。

もし、自分が死んでもきれいさっぱり掃除されて、来週には別の人が此処に立っているのだろう。

その時、ピグマリオンが口を開く。

「…あぁ、そういえば降参は原則禁止ということになりました。」 

 

「初戦からまさか降参するとは…。想定外でした。

あのようなことが2度もあると、こちらとしてもギャンブルシステムを生かせず困ります。ご協力、お願いしますね?」

_____降参。あの後、どちらに賭けていようとセラムチップは全て返還された。一枚増やして貰えたのはエリザの慈悲と思われる。

このまま降参を続けるとチップは増えないまま、ピグマリオンに殺される犠牲者だけ増えることになりそうだ。

こんなお遊びに付き合ってやる義理はないが、十枚集めてピグマリオンかエリザに渡すと武器や身体を強化してくれるらしい。試す価値はありそうだ。

 

「また、始まるんだね」

噂をすればなんとやら。円の金具の髪飾りをいじりながらエリザが話す。

 

「今回も聞いていいかな?…どっちに賭けたんだい?」

 

→スージィ・フランクリン

 

‪こちらの返答を聞くと軽く微笑み、「ふむふむ…確かにリーチも長いし有利かもね。………でも、彼女も中々やりそうだよ」と視線をコロシアムに移す。つられて自分も其方を見た。‬

 

 

 

 

 

「…貴方が、相手ですか…」

 

「……ヨロシクお願いしマス。お互い…死にたくはナイ…デスから、頑張りマショウ、というのもおかしな話デスが…」

 

戦う前とは思えないような、弱気な言葉が出てしまう。自分たちは味方同士で、実力も知っているからこそ戦うのが恐ろしい。武器を持つ手に汗が伝う。

 

「…そうですね。…一人は死ぬことになるんでしょうが…」

 

降参も意味をなさない。ただ確実に、どちらかに死が待ち受けているだけだった。…死にたくない。

死にたくないなら、殺すしかない。

 

「お二方、準備は宜しいですね?」

無機質な瞳がこちらに向く。否と答えられるはずもない。

 

「…………戦闘開始!」

その言葉を合図に振り上げた右腕が下ろされる。

 

先手必勝とばかりにシャオリンはスージィの元へ駆け出し、自身のモーニングを振りかざした。緊張からだろうか、武器の操作が狂い、自身の足元をモーニングスターが傷をつけた。

 

コツ、とヒールの高いブーツが着地の音を立てる。

「集中しなくてはっ、死にますよッ!」

バーでモーニングスターを絡め取ると小手打ちをした。持ち手を握っていた手から力が抜けそうになるのを必死に堪える。

「…っ、アハハ…ソウ、デスネ…!負けまセン…ノデ…!」

バーに絡まっているのをいいことに此方側に引っ張る。武器が奪われるのを危惧したのだろう、絡めていたポールを軽く変形させ、モーニングスターを解放した。

 

しかし、そこはシャオリンの間合い、短めな鎖は振りかぶると直ぐに鉄球を振り下げた。スージィの肌に鉄球の棘が深く突き刺さる。

 

「…っぐ、………ええ、こちらも負ける気はございません!」

 

‪二撃目を食らう訳にはいかない、と勢いよく飛び退く。‬

‪そのまま落ちそうな上着を掴むと、コロシアムの隅に向かって投げた。‬

‪中のシャツが風で揺れる。気合い入れとして充分だろう。‬

 

今度はスージィから仕掛けた。単純なバーで殴るだけの攻撃は防がれ、カウンターを食らってしまう。再び肌に棘が刺さる感触に身が震える。

「…っまだ、やれマス…!」

「させるものですか!」

負けじとバーで殴りかかるが、避けられてしまった。こちらからもモーニングスターの軌道が丸見えだ。すかさず避ける。

お互い攻め続けるも回避が続いた。

「_____チッ、あれを使いますか。」

「……?…あれって________ぁ゛、が、っ………!!?」

さっきと同じ方に振りかぶった筈のスージィのバーの関節部が突如外れ、曲がっていく。当然、慣れたように防ごうとしていたシャオリンの想定から外れた。

ヌンチャク状になったそれは確かに質量を持ってシャオリンの肋を目掛けて弧を描き、命中する。

少なくとも1本は砕けただろう鈍い音が響いた。観客席から軽く悲鳴が上がる。

 

「い゛っ………ッは…………ブ、ブキが……?」

骨の周りは神経と血管が豊富だ。それら一つ一つがビリビリと絶え間なく痛みを通達する。可哀想に、その痛みは少女が耐えるにはあまりに強い。

「仕込みヌンチャクです。…貴方には見せた事ありませんでしたね」

そのまま仕留めるべくヌンチャクを振るうが同じ手は通用しない。怪我で動けないながらも防御され、そのまま攻撃動作に移る。スージィはがら空きの胴を突くべくバーにもう一度変形させた。

「もらった…!」

 

「……………イイエ、あげマセン。」

シャオリンはそのバーを手で掴むとそのままスージィを引き寄せる。序盤でも使った手だが、今度はシャオリンのモーニングスターが自由だ。

「…ぅっ…まだ、やれマス……ッテ…言ったデショウ?」

「__________え、」

視界が赤く染まる。

 

ガヅン。ガヅン、ガヅン………頭蓋骨が衝撃を受けた音が何度も響き、痛みも同時に何度も反芻される。宙に浮いている感覚がする。視界の端に映っていた天井の面積が増していく。

耐えないと、……今、倒れてしまったら。そんな思考も意味を成さない。体は重力に従い、背中から全身に衝撃が走った。

 

「あっ、ぅ、う…」

呆然とした頭は上手く回らない。脳震盪でも起こしているのかもしれない。横を見ると、辺りに血が広がっており、それでこの血は自分から出ているのだろうと悟る。

「………え、と……………」

「こ、ろ…してっ…それで...............」

震える指で懸命にシャオリンの得物、モーニングスターを指す。

 

「……………ワタシ、が………」

ここまで追い詰めたシャオリンも既にボロボロだ。傷を負った防衛本能で出たアドレナリンも収まってきたらしい。自分が彼を殺さなければならない事が現実味を帯びて再び突きつけられる。

 

「…痛いのもっ苦しい、のも辛いのも忘れたいのも、全部全部全部わからないくらいぐちゃぐちゃにっ……してほしい、最後のお願いなので…」

最後、という言葉にびくりと反応する。…同じ部隊で活躍を見てきた彼の最後のお願いがこれになってしまうとは。こうしている間にもみるみる出血量が増えていく。

「……………ソレで、いいんデスか………?まだ、戦うことは……」

 

 

「いや···彼はもう、戦えないよ。」

後ろからの声に振り返る。ここの医師はエリザだけだ。その医師が言うからには正しいのであろう。ならば、トドメを刺すべきだ。

「シャオリンさん。どうか、彼の望むように·····」

「あんな女に殺されるより貴方に殺された方がよっぽどマシでしょう、ね、だから…それで顔ごと潰してください…」

 

スージィがその言葉を肯定するようゆるく、頷く。涙を一筋流すと虚ろな目が細められる。その目は何を映しているのかももうわからない。

「あはは…こんな風に…バカみたいに死んでいく人間の小説、呼んだことあるなぁ。泣き叫んで、命乞いをしてて…でも、それはいいです。シャオリンさん…早く殺して?」

歩みを進める。スージィはもう体を動かす余力はない。

最期を迎える覚悟を決めた者と、最期へと送る者が向かい合った。

 

「……そう、デスか……………わかりましタ、最後のお願い、デスものネ、……」 

俯き、そして顔を上げる。標的を見据えると、武器をふりかざした。

 

「……………ウン、……ありがとうございマシタ。おやすみナサイ、デス……!」

…ちゃんと、笑えておやすみを言えているだろうか。わからない、ワタシはきっとぎこちない笑みを浮かべているのだろう。

視界に近付くモーニングスターにスージィの口角緩やかに上がる。

「うん、おやすみ…✖✖✖✖✖」

グチャリ。頭蓋骨の砕けた音が響く。誰へと向けた言葉か分からないものが、最期に空気を揺らしていた。シャオリンがそれを聞き届けたかどうかは定かではない。

____それでも。宛てた誰かは、聞いてくれただろうか。

 

ピグマリオンが拍手とともに口を開く。

「…戦闘終了です。李小鈴の勝利!おめでとうございます。」 

その言葉を聞いても安心なんてできなかった。手に、目に、耳に。彼の人生を絶った証の記憶が染み付いていた。ズキズキと傷が痛む。しかし、それをどこか遠巻きから見ていた自分がいた。

 

ふら、と足の感覚が失われかけた所で軽く肩を掴まれ、現実に戻る。

倒れないようエリザが支えてくれたらしい。

「…っと、危ない。彼の後のことはぼくに任せてくれ。シャオリンさん…辛い役目をまかせてごめんね…」

 

「………ハイ、ありがとうございマス…いいえ、きっと、礼儀というモノ、ナノデ…躊躇ってしまったほうが…失礼を、してしまった、んデショウ……」

 

「いいや、きみはしっかり彼を送ってやった。…最後までよくやり遂げてくれたよ。お疲れ様、手当をしようか」

軽くお辞儀をしようとすると、肋から電撃が走る。ああ、無理しちゃダメだよと声が聞こえる。意識があるうちに医務室に行くのがいいだろう。シャオリンはコロシアムを見据えると、もう振り向くことはなく歩いていく。

 

 

_____場所は館を大きく外れたとある墓場。

原型も無く歪んだ指輪は、持ち主の眠る場所に埋められる。白衣は花束を手向け満足そうに踵を返すと、何も言わずに去っていった。

 

 

 

挿絵:沓谷、ふじ

ロスト:スージィ・フランクリン

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