前回の戦いについて思い返す。
あの時、シャオリンを止めてあげれなかった。何もせずぼーっとなんてしていられない。
そう言って探索し続けたものの、時間だけが過ぎて今日もこの時間が来てしまう。
膝を抱えて布団にくるまっていると、ノックの音が聞こえる。呼び声に応え、付いていく。足取りが重い。
……今日は自分が戦わなければならないのだから。闘技場につくと、既にみんな集まっていた。
「いらっしゃいましたね。…準備はよろしいでしょうか?」
ニコり、と相も変わらずに綺麗すぎて胡散臭さすら感じる笑みを貼り付けた彼女が問いかける。
「じゃあ、皆席に行こうか。」
エリザの案内で席へとみんなが向かっていく。今回、自分は客席へは行けない。他に誰が残るのだろう。心臓の音がうるさい。暫くしてバラニーナとジニーだけがそこに残った。
「……所で今回も聞いていいかな、どちらに賭けたんだい?聞かせて貰いたいな」
人の良さそうな笑みを浮かべたエリザが問いかける。
→バラニーナ=ヴァヴィロフ
「ふむふむ、そうか、彼女のショットガンの命中率はピカイチだからね、その賭けが当たっていることを願うよ」
再びふわりと笑うとコロシアムへと視線を向ける。それに釣られるようにして自然とこちらの目線も中央の2人へと向けられた。
そこには2人の少女が立っていた。
ジニーはバラニーナが相手だと分かると忽ち元々悪かった顔色を更に青くした。
黙ったまま震えてバラニーナの事を直視できずに自分の靴のつま先を見るしかなかった。
「……」
「ジニーを傷付けることはしたくないんだけど、どうしても?」
ちらりと震えて黙りこくったジニーを見たバラニーナは堪らずにピグマリオンに問いかける。まるでゴミを見るような目だ、殺意も憎悪も何もかもが隠せていない。いや、隠すつもりが無い。態とだ。
「どうしても、です。そういう決まりですから」
負のオーラを纏うバラニーナに動じることもなく、いつも通り、機械的に、あくまで用意されたかのような答えが返ってくる。
バラニーナも別にこの人にそれ以外の答えを求めていた訳では無かった。
ただそれでも残酷で悪趣味極まりないこのゲームは始まるんだなと、自分が今から死ぬかもしれないと、どこか他人ごとのようにぼんやりと考えていた。
いつもの様に互いの顔を確認するピグマリオン。暫く待っても自分の言葉に対する受け答えが返ってこなかったのを戦闘体勢に入ったと解釈した後、腕を振りかざし下へと振り下ろした。
「それでは、両者準備が出来たようですね。……戦闘開始!」
もう見慣れた地獄の始まりの合図だ。
最初に仕掛けたのはジニーだった。
小柄な体型に見合わない2丁のウィンチェスターを構え、発砲する。弾はバラニーナの肩を掠めた。苦痛に顔が歪む。寒がりの彼女だが今だけは火が灯った様に弾を掠めた箇所が熱くて堪らない。
「…痛いよ、ジニー」
「…ごめん……ごめんなさい……」
その言葉を聞いたジニーは傷付けたバラニーナよりも辛そうで、眉根を寄せて唇を震わせる、そしてとうとう大粒な涙をぼろぼろと零した。
バラニーナはぎょっとする。
いつもならば直ぐにでも傍に駆け寄って、涙を拭って用意された甘いお菓子を渡して笑顔にしてあげたい。ジニーの笑顔は花が咲くように可愛らしいのだから。
しかし今は命を奪い合う者同士。半端な情が命取りになる。心を鬼にしてバラニーナは汗でぐっしょりの手で愛用のショットガンを構え、泣いてるジニーに発砲する。
「う"っ、あ"ぁっ、!!」
「ごめんね、僕もまだ死にたくない」
鉄の鉛玉は柔らかなジニーの身体を貫く。
痛みに苦しそうに喘ぐ。
「う゛っぅ……いや……私、嫌。私死にたくない……嫌だ……」
「なるべく早く…っ、楽にしてあげる」
それがバラニーナなりの気遣いだ。
再びショットガンを構えた所でジニーが素早くウィンチェスターでバラニーナを貫く。
予想外だったのか、ろくに避けることも出来ずに腹に攻撃を食らってしまう。生きてきた中で多分、今が一番痛くて堪らない。
吐血。
思わずに床に膝をつく。肺も傷付いたのか上手く酸素を吸い込めない。喉からは嫌な音が鳴る。真っ白な彼女はみるみるうちに血でしとどに濡れていった。
「ひっく、ぅ、いや、死にたくない…の…ごめんなさい、ごめんなさいニーナ」
「……死にたくないのは、僕もだよジニー、あと…痛いのも嫌だ、なぁ」
よろよろと身体を起き上がらせ、痛みで震える腕を叱責してショットガンを持つ。
脳裏に思い浮かぶのは背の高い、綺麗な赤髪碧眼の彼だ。
__ギャレンの為に、死ねない、僕の生きる理由なんだ!
そして相も変わらずに涙を流し続けるジニー。照明が反射してキラキラと涙は宝石の様だった。
「ごめんよ、ジニー」
何度目かも分からない謝罪を口にして再び発砲した。何度も。何度も。ポンプアクションを繰り返した。
その度にジニーは痛みに更に涙を流し悲鳴が声帯を揺らしていた。
早く楽にしてあげたくて急所を狙っていた筈だがどうもジニーの悲鳴を聞く度、傷だらけで血に塗れている姿を見る度に動揺して標的がズレて更にジニーを苦しめてしまう。
焦れば焦るほどトリガーを引く指は迷いを産んだ。
バン、と先程とは違う銃声が一つ。
迷って攻撃を躊躇ったバラニーナの隙をジニーは見逃さなかった。
「っっ!」
「わ、私だって…やられっぱなしじゃ、いられない、……ぅう、ま、まだ…死にたくない…!」
形勢逆転。今度はジニーが攻撃し、バラニーナを翻弄する番だ。
擦り切れた服からは血が滲み、腱の切れたか細い脚では立つのもやっとだが攻撃する手は止まらない。
___死にたくない…死にたくないの私…!
「せ、せめて、三十路までは、…ううん、その先だってずっと生きたい…私は死にたくない!!」
「ぼ、僕だって…!生きて、ギャレンとここを出るんだ!」
バラニーナもまたジニーの攻撃により既にボロボロになっていたが力を振り絞り攻撃をする。しかし、出血が酷く既に貧血を起こしているバラニーナはふらりと体制を崩した。
だが消して銃は手放さない。
たとえ立てなくても、貧血で目の前が白んでも、じくじくと熱を持って痛む腕でショットガンを持って攻撃するのは止めなかった。止めたら死ぬのは自分だ。
神経を尖らせ急所を狙う。
それはあちらも同じようで弾丸の雨がバラニーナに降り注ぐ。傘など当然無いので動くことも出来ずに素直に雨を浴び続けた彼女は遂にショットガンを手放しコンクリートに身体を預けた。
どさり
倒れたバラニーナにジニーはゆっくりと近寄る。
とは言ってもジニーの脚も腱が切れていてもう使い物にはならず膝を付いて這いずるようにしてだが。
髪や顔に付いた血はまだ固まりきれておらず、顔に手を這わせるとべったりともう汚れている手を更に汚した。
吐血が止まらず嫌な音を立てる喉からは苦しそうな咳と共に血が吐き出される。仰向けに倒れた事により血が上手く吐き出せないのかごぽっ、っと溺れた様な音も聞こえる。
「ニーナ、私…、私のせいで、私……」
白濁とした目はもう目としての機能をほぼ失っており、虚構を見詰めていて焦点が合わない。
「………やだ、僕まだしに…たく、……ない」
「ごめんなさい……ごめん…なさい、でも、私も死にたくないの、今までありがとう、大好きだったよ」
すると今まで大人しかったバラニーナが暴れ始めた。其れこそ最期の本当に最期の力を振り絞って。
「クソ、くそ…くそ、死んじまえ、ぼくだってしにたくない君も一緒に地獄行きだ僕を殺したこと、一生後悔しろ、ずっと呪って…やる」
バラニーナは最期の言葉を吐き捨てるとヒュー、ヒューと嫌な音をまた喉から出していた。
もう何もする事の出来ないバラニーナの頬をまた撫でジニーはウィンチェスターを口の中に入れる。
今度は抵抗すらされない。
バラニーナはぼんやりと微睡む思考の中彼を思い描いていた。まだ死にたくないなぁ、なんて自分はこんなにも生に貪欲だったか。いや、彼がそうさせたのだ。死にたくない、死にたくないなぁ、ギャレンとまだ生きていたいな。
ジニーは一思いに引き金を引いた。乾いた銃声が一際コロシアムに反響した。
砕ける頭蓋骨。外れた顎。半分上を向いたままの濁った眼球。顔面はかつての面影を残してはいなかった。こうなればただの肉片だ。
「ごめんなさい…本当に、ごめんなさい……ぅ……でも、私も地獄に落ちちゃうよね、……どうせ。」
皮肉めいた言葉を聞き届ける人は居ない。
「……戦闘終了です。ジニー・スチュワートの勝利!」
ピグマリオンの声によって現実に戻される。あぁ、私は本当に、仲間を私を大切に想ってくれていた人を手にかけてしまった。その罪悪感で押し潰されそうだった。
へたりと座り込んだまま立てないのは負傷した脚のせいだけなのか、まるで地面から生えた見えない手によって掴まれたような錯覚で動けなかった。
コツコツと靴を鳴らし近くへと来るエリザ。
「怪我が酷いね…特に脚が…担架で医務室まで運ぼう。大丈夫、僕にかかれば直ぐにでも治るさ心配はいらないよ。ピグマリオンも、お疲れ様」
悲痛そうな、でも安心させる為に浮かべたであろう下手くそな笑顔にジニーは安心して意識を遥か彼方へと飛ばした。
挿絵:沓谷、ふじ、こあらねこ
ロスト:バラニーナ=ヴァヴィロフ