episode 5


今日もこの時間がやってくる。 犠牲者は、4人。順当に行けばこのまま全員満遍なく戦うことになる。…で、あれば。もう此処は折り返し地点だ。

一つ進展したことと言えば、例の書類に記されていた殺人サーカス団、Candy gift serpentの存在だ。

毒蛇を絶滅させる迄この戦いは終わらせない。 我が故郷の隣国オーストリアを騒がせた、かの殺人サーカス団が蘇ったとでも言うのか。風の噂ではほぼ殲滅した筈だ。

 

闘技場に着いてもその思考は止まらなかった。いくら考えたって、死んだら無意味だと言うのに。

 

「顔色が悪いね?大丈夫かい?あぁ、そうだ、聞いてもいいかな、どちらに賭けたか。」

 

エリザは此方を心配そうに見つめる。

 

→オディリア・クライン

 

「なるほどね、確かに彼女の武器のグレネードは強力そうだ。」

そう言うとこちらには興味を無くしたようにコロシアムの中心をみた。

 

 

 

「それでは皆様、いつも通り着席願います。」 

 

客席へと歩んでいく皆の後ろ姿を見届ける。 もう動く者が居なくなった時。 隣を見るとオディリアとランハートの目が合った。

今までの人達の様に動揺して取り乱したり、泣き喚いたりすることは無かった。

 

「…よりにもよって、貴方とですか」

「俺は嬉しいよ」 

「はぁ、……」

 

珍しく口角を上げて笑うランハートにオディリアは苦笑で生返事をする。

慣れとは恐ろしい物だ。この無意味で残酷、悪趣味な戦いを少しずつだが受け入れてしまっている自分に嫌気が差す。赦されてはいけないのに、監禁状態がこうも続くと思考までが侵されていく。

 

「それでは立ち位置へどうぞ。……戦闘開始!」

 

ピグマリオンの腕が振り下ろされるのを何処か他人事の様に見ていた。

グレネードと肉切り包丁を握り相手の出方を見る。

読み合いの攻防に焦れたオディリアは口でピンを外し、グレネードをランハートに投げつけた。

 

「せめて一思いに…!」

 

派手な音を上げながら爆発する。熱風は観客席にまで及んだ。黒煙の中から出てきたランハートはズタズタだった。火傷で服ごと皮膚が爛れてしまっている。

どうやらオディリアの思惑通りには行かず簡単に、楽には殺してあげられなかった。

 

「大人しく殺されてくれよ…オディリア」 

「いいえ、私の最期は私が決めます…!」

 

ランハートは火傷で皮膚が剥け痛む掌で肉切り包丁を構えオディリアの左腕に狙いを定め振り下ろす。衝撃に備え目を瞑ったが思っていた痛みは訪れない。肉が切れる感触がしない。

 

「どうして?どうして峰打ちなんですか?ランハートさん?」 

 

 

その問いにランハートは口を閉ざしたまま。峰打ちとはいえ向こうは成人男性、オディリアの華奢な腕の骨は砕けている。だらんと使い物にならない。

幸いにも利き腕では無いのでまだ戦うことは出来そうだ。

 

オディリアは黙りを決め込んでいるランハートに不安を抱く。この人は本気で戦っているのか、と。峰打ちなんて有り得ない、彼の腕前なら細い腕を切り落とす事なんて造作もない事だから。それをオディリアはよく知っている。

ランハートの事が分からなくなってしまい攻撃を躊躇した。

 

彼もまた酷く焦っていた。

 

「…あの時殺し損ねたこと、今でも後悔してんねん」

 

「…え?」

 

 

殺し損ねた、とはどういう事だ。そう問うより先に身体は動いていた。

早く楽にしてあげなくては、その一心でグレネードを投げる。淡々と、作業的に。そこに申し訳ない、可哀想、痛そう、等の感情は無い。これはランハートを殺す為の作業だ。

 

ランハートは避けようともせずに攻撃を受け続ける。皮膚は爛れ骨は剥き出し、顔も火傷が酷く目が見えているのかすら怪しい。それでも攻撃を受け続ける。よたよたと少しずつ、躓きそうになりながらもオディリアに近づき思いっきり包丁を振り翳す。ランハートも負ける気なんて無い。右肩を切り裂く。峰打ちなんかじゃない、切れ味の良い包丁は肩の肉を切り裂いた。そして骨をも。腕が落ちていないのが不思議なくらいだ。痛い、痛い、痛い、痛い、死ぬかもしれない。

 

 

その時オディリアは思い出した。死んでしまった家族とその亡骸の上に立つ男の姿が、ランハートに瓜二つなのを。

フラッシュバックする記憶、泣き叫ぶ母の脚を切り落とし、幼い弟の胴体を捌いて内臓を引き摺りだし、オディリアを守ろうとした父の首を目の前で切り落とした、わけも分からずにいるオディリアを見下ろした返り血でベッタリと汚れた顔はランハートだった。

 

「…貴方が、まさか…そんな」

 

全てを思い出してしまったオディリアを見たランハートは少し驚き、そして歪に笑う。

次の瞬間オディリアのグレネードが直撃して脚が吹き飛ばされた。蚓の様に醜く這い蹲っている脚の無い身体は虫の息だ。

 

そんなランハートを見たオディリアは初めてニッコリと優しい笑顔を浮かべた。

 

「聞きたいことがあるんです、いいですか?ランハートさん」

 

ゆっくりとまるで小動物を怖がらせないように近づく。

「あの日、私の家族を殺したのは貴方だったんですね…」

「… ただの、うさ……はら しだ、お…えのおや、もおと とも …れで ころ され」

 

喉も焼けついて上手く声が出せない。それでもオディリアの家族を殺したのは自分だと、伝える。

 

「…そうですか、なら…貴方で良かった。今ならそう思えます」

 

納得したようにオディリアはリボンを解いてランハートの首に巻き付けた。

ギチギチと確実に気道を締め上げる。酸素が足りなくなった身体はビクビクと痙攣を起こす。目はぐりんと上を剥き穴という穴から液体を垂れ流しながらランハートは息絶えた。

 

「ありがとう」

 

そう口が動いた気がした。

「……戦闘終了。オディリア・クラインの勝利!」

 

悲しいとかごめんなさいなんて感情はない。オディリアはとても清々しい気分だ。死はいつか来るものだから。

すかさずにエリザが近寄って来て傷の度合いを見られる。オディリアも失血死手前だ、血の気が無い。

 

「右肩の損傷が激しい。すぐに止血、手術をしないと·····オディリアさん、医務室すぐ近くだけど歩けるかい?」

「…ええ、歩けます。」

 

コロシアムには肉の焼けた臭いと肉片だけが残された。

 

 

 

挿絵:内蔵、沓谷、ふじ、こあらねこ

ロスト:ランハート=ネフ・レズリック

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