episode 7


月を一周と、半分。 

____殺し合いが始まってから経過した時間だ。 未だ外の景色も拝めないまま犠牲者は6人となり、今日の戦いで残りの人数は二桁を切る事になる。 残り戦闘をしていない人数は自分を除けばあと三人。今表情を見れば対戦の相手が分かってしまうだろう。 足元へ視線を逃がすが、すぐに地下へ到着してしまう。

自分だけステージに残り、観客席へ上がる皆を見守る。取り残されていく感覚だが不思議と心は落ち着いていた。数週前に死んだあの子もきっと同じ気持ちだったから。 

幼馴染を、恋人を失った。オリガとギャレンがスポットに照らされていた。

ふわふわとした真っ白な髪を揺らしながら嬉しそうに笑いながら名前を呼ぶ彼女が脳裏に浮かんだ。

 

バラニーナの姿を思い浮かべたのは自分もだった。その様子をエリザに見られていたのか、少し眉を下げられた。

 

「君もかい?僕も彼女の事を思い出していたよ……それで、君は今回どちらに賭けたんだい?」

 

ギャレン・コール

→「…一度コインを全て無くして救済措置を受けたよね。万全の状態とは言えないけど、意思の強さじゃ負けてないと思うよ。あはは、勝つといいね、愛の力。」

 

その言葉は何処か表面的なものに感じた。

十字はこちらに向けて炯々と光り、口元だけが弧を描いている。薄皮の下に何か恐ろしいものが隠されているような、言い表せない不気味さにじと、と背中に汗が伝う。

やめよう。たまらず目を闘技場へと逸らした。

 

 

「……アランピエフ、さん…」

「ある程度、予想はしていましたよ」

「わ、悪いけど、僕はまだ死ねないんです……そこのクソ女をぶっ殺すまで…!」

 

ギャレンはピグマリオンを睨みつける。握り締められた拳は怒りを抑えきれずに震えている。そんなに強く握っては爪が掌にくい込んで血が滲むのでは無いのか、等と心配を投げかける者はもうここには居ない。

にこりと微笑んだピグマリオンは続ける。

この顔しか出来ないのか、ワンパターンで感情が読めない。こんなのはまるでロボットじゃないか。

 

「私のせいにして気が済むのなら幾らでも。」

「お前のせいだろうが!!!」

「これから戦闘ですのに…短絡的な思考は自身を危険に晒すことと同義ですよ」

 

思わずに殴りかかったが簡単に躱されてしまった。行き場の失った拳と未だ薄ら笑いを浮かべているピグマリオンを交互に睨む。

 

「笑ってられるのも今のうちだ、首洗って待ってろ…!」

「あら、それは楽しみですね、私の首が長くならない内によろしくお願いいたします」

「チッ……」

 

もう何を言っても皮肉で返されるだろうと判断したギャレンは渋々自分が対戦するオリガと向き合った。

ギャレンは驚いた。オリガが、あまりにも慈悲に満ち溢れた目で慈しむ様に自分を見ていたから。全てを見透かしていそうな、そんな目が前から少し苦手だった。

 

「ギャレンさん、貴方は今苦しんでいるんですね」 

「ど、どうしてあなたはそんなに平然としていられるんだ…」

幼馴染の子が死んでいると言うのに、彼女の中ではそれ程大きくない損失だったのか。

 

「死ぬか生きるかは神の御心のまま、ですので」 

 

目を細めロザリオを胸の前で握る。その仕草はまるで神に仕える修道女だ。

見事に様になっていて思わず目が離せなくなる。

すると長いやり取りに痺れを切らしたのかピグマリオンが声を発した。

 

「その程度でお喋りは止めて頂きましょうか。…戦闘開始!」 

 

またいつもの合図だ。否応にも身体は動いてしまう。

オリガは鋭く細い剣を構え、ギャレンは助走をつけられる様に後ろへ下がった。

 

「私が苦しみから解放して差し上げましょう」

 

剣を握るとギャレンへと距離を詰め、腕を貫く。レイピアによく似た形状の特殊な剣は、レイピアよりも深く大きな傷を負わせた。

 

「ぐっ…ぁ゛」

「ふふ、痛いですか?でもその痛みこそが救済となるのです。あぁ、迷える仔羊。貴方を導いてあげましょう。」

 

こんな痛み、まだまだ。バラニーナが負った傷に比べればまだ軽い。久しぶりに感じる肉を引き裂かれる感触に僅かに声を漏らしたが直ぐに体勢を建て直し、助走をつけてオリガを蹴りあげる。靴に仕込まれたナイフは彼女の制服を少しばかり切るだけでダメージは与えられなかった。

 

「主よ、お力をお貸しください」

「はっ、この世に神様なんて………」

「神はいつでも私達を見ていますよ」

 

無責任な言い様につい声を荒らげてしまう。

何が神だ、見守ってるだ。そんな不確定な存在がいるわけがない。ギャレンだってあの瞬間どれ程神とやらに祈ったか、願ったか。

弾丸を浴びせられる彼女を助けてくれと。まだ明るい未来が待っていたのに、一緒に歩む筈だったのに。

 

「ほんとうに神なんかがいるならバラニーナちゃんが死ぬわけないだろ!!…あんな、良い子が…なんでっ……」

 

ギャレンの声は段々小さくなる。ツンと痛くなる鼻。潤んだ目を乱雑に拭って再び脚を振りかざす。

 

「あの女を殺すまで僕は死ねない…っ!あなたに恨みはありませんが…ここで死んでもらう…!!」

「バランは神の元へかえったのですよ、悲しむことはありません、さぁ、神に、私に身を委ねてください」

「はっ、誰が!!」

 

ザシュっ、今度は勢い良く腕を切り裂く。不幸にも利き手であった為、カランと音を立てて剣が床に落ちる。

肉を切られただけで健は切れてない。まだ戦える。剣を拾うとギャレンの脚を使えなくしようと狙いを定める。

 

「私に力を……、主、!」

「神なんていないんだよ」

 

オリガの攻撃を避ける。負傷している為先程と同じようなキレは無く、簡単に避けられた。床に手を着き、ゼロ距離からナイフが着いた靴で顎を蹴る。咄嗟の事で避けられ無かったオリガは顎をナイフで貫かれ、砕かれた。あまり聞いてていいものでは無い、骨の粉々になる音が反響する。

顎の骨が砕かれたからってなんだ、腕はまだ生きている。オリガもまた攻撃を止めなかった。剣を振り、太腿、脹脛、確実にギャレンの武器となる脚を壊そうと動いている。

 

「クソっ、……顎を砕いたのに…早く死ねよ」

 

切り傷を受けながらもギャレンは脚を振りかざすのを止めなかった。止めたら負けるのは自分だ。それをよく分かっている、どちらも引かないこの状況で攻撃をする手を止めた方が負けるのをお互いに。

 

「バラ……ン…と同じよ に、私のこ…と、 殺すんです ?」

「っ…!!そんなんじゃない…!僕はただ…バラニーナちゃんの仇をうちたいだけだ」

「私も……そのよ な…気持ちが、ないわ…け、では …ありませんよ」

 

喋る度に激痛が走り、まともに聞き取れたものでは無いがオリガはそう言うと少し悲しそうに微笑んだ。とは言っても顎は使い物にならないので目でだけだが。慈しむ様な目線が僅かな良心に突き刺さる。

同じ気持ちがあるのに戦わなくていけないなんて、なんて不毛なんだ。オリガに同情をする。

 

「…それでも、あなたには死んでもらうしかないんです」

 

利き腕を狙いナイフを振りかざす。が、パターン化した攻撃をオリガに読まれており、脚の健を細い剣で切られる。ぶちっ、と勢いよく切れた健。暫くは使い物にならないだろう。

 

「クソっ、あと少しなのに…!!」

「ふ、ふ……かみ、は、わたし… を 見捨て はいなかった の、 です」

 

床に座り込んだギャレンの無防備に晒された首筋に剣を突き立てる。力を少し込めれば喉を貫けるだろう。

死が迫っている。そう悟ったギャレンは恐怖でカタカタと肩と唇を震わせ目は見開かれオリガを真っ直ぐ捉えていた。

 

「だ、じょ…ぶ、すぐ、ばら…ん のもとへ いけ ま…す」

 

走馬灯だろうか。脳裏に浮かんだのはバラニーナとの過去、初めて軍で出会い、友達になった。可愛らしい彼女に惹かれそれ以上の感情を抱くまでそう時間は掛からなかった。照れた顔、怒った顔、泣いた顔、笑った顔、どれも大好きだ。今だってずっと好きだ。なんで僕を置いて逝ってしまったんだ。憎しみさえ覚える。

それでもそんなバラニーナの事を殺した、いや、こんな生命を軽く弄ぶ馬鹿げた事をさせているピグマリオンの事を許す訳にはいかない。仇を取ってみせる。僕は、僕は…!!

 

「ッバラニーナちゃん……僕は、君のためなら、なんだってできるんだ!」

ここで死ぬもんか。隙を見て床に手を着き、それを軸に健の切れていない方の脚で鳩尾を蹴る。また骨の砕ける音がした。肋骨は砕けて肺に突き刺さっているのだろうか、呼吸が心もとない。砕け散った顎ではもう言葉を発する事も出来ない。血の気が少しずつ引いていく。

 

「だから神なんていないって言っただろ」

 

ギャレンはオリガの剣を拾うと馬乗りになる。オリガはロザリオを手繰り寄せ神に祈る様に胸の前で握りしめた。

神なんていないのにな。

 

皮肉めいた顔で嘲笑すると腹を一突き、口から血が溢れる。それでもまだ死にきれていない。このまま放っておけば失血死するだろう、それでいい。

神はいないんだからあなたは苦しみながら死んでいくんだ。

 

地面に垂直に刺さる剣はまるで十字架のようで。じわり、と血が滲んでゆく。

「…戦闘終了です。ギャレン・コールの勝利!」 

 

声のするほうを向くとにこり、戦闘が始まる前と変わらない表情で笑いながら拍手をしていた。勝つ事に必死で忘れていた怒り、殺意がぶり返す。

 

「……ッ、次はお前だ………」

「エリザさん、彼を医務室へ。…その状態で出来ますかね。元気なのはいい事ですが」

「くそ!!!絶対に殺してやる、地獄に落ちろ…!!」

 

ピグマリオンの言う通り脚を負傷している状態では戦ったとして負けるのが目に見えている。それでも殺したくて仕方がない。この外道を殺さないと気が収まらない。

 

「く、そ……死ね、ころ…す……」

「そう興奮しないで···まずは医務室に行こう?肩貸すから」

 

悔しそうに唇を噛み締めたギャレンは素直にエリザの手を取り医務室へと向かった。

勿論、すれ違いざまピグマリオンを睨むことを止めなかった。

 

死ね、地獄に落としてやる悪魔め。

 

 

 

挿絵:こあらねこ、ふじ、加工済み魚類

ロスト:オリガ・アランピエフ

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