小さな男の子の目がきらきらと輝く。
オレンジ、紫、青、黄色。色とりどりの粒は見ているだけで楽しくなれるのだから、それを飲み下せばもっと素敵な気分になれるに違いない。
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「レース……まさかそこまで大切にして頂けているとは……」
「ふふ……上達する度に何度か編み直していて、今は宝石なども編み込んでおります。気になる方がいらっしゃるならお持ちしますわ」
その声に、タランテラの話の間静かに涙を流していたデリックが勢い良く顔を上げた。
「是非ッ!!明日にでも!嗚呼……でも今の話を踏まえた上で過去の公演を見返したい衝動もあり……!」
「明後日にしたらいいんじゃない?」
「是非ご一緒にいらしてください。いつでもお待ちしておりますわ」
レプスは呆れた様子のシュルや喜びを露わにするデリック、微笑むタランテラに剤達を一瞥すると、次の話者へと詰め寄った。
「さて、次はタントだね。君はどんな話を聞かせてくれるのかな?」
「んーとね、ここに来る前のことはあんまり覚えてないの。それでもいい?」
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見慣れた薄汚い路地裏。死肉を狙い集まる鳥の群れ。生命維持に最低限の温もりさえも奪おうと容赦なく吹き付ける風の温度。大袈裟な呼吸としきりに床を叩くやせ細った手の震えが、その少年がまだ生きていることを意味している。
硬い地面に横たわる体の痛みはとうの昔は麻痺していたが、いっそ気を失ってしまいたくなるような気持ちの悪さだけは鮮明だ。
いくら質の悪いドラッグに苦しんでいたとしても彼には助けを求める宛もなく、うう、ああ、と唸るように呻いては不調が過ぎ去るのを待っていた。
はじめは助けを求めた。衝動のままに叫んだ。だが、この星ではスラム街で幼い子供がたった一人で生きることも、大人に騙されドラッグに溺れることも、骨までしゃぶり尽くされた果てに亡くなってしまうことも、そう珍しいものではない。
大人に見つかれば良くて見て見ぬふりで、酷い時は追い剥ぎにあったり、暴力を振るわれる事もある。その為、力のない子供は基本隠れて暮らす者が多い。しかし、今日のようにドラッグが悪く効いてしまった時はそうもいかなかった。
前まで暮らしていた集落に戻りたいと願っても、そこにいた人間達のカルトじみた思想に少年が染まり切る前に薬物乱用で皆が命を落とし、既にそこはもぬけの殻。彼をタントと呼ぶ者はもう誰も居ない。
涙で潤んだ瞳を開ければ、歪んだ視界に影がさす。
誰かがすぐそこからこちらを覗き込んでいる、と気が着いた時には遅く、逃げ出そうと立ち上がろうとしても酷い目眩で失われた平衡感覚ではすぐにバランスを崩してしまう。
近付く地面がスローモーションに映り、急速に揺れたせいか酷い目眩にだんだんと意識が遠のく。
そして、脳を揺らす衝撃と共に眠りに落ちた。
聞こえてきたのは、賑やかな人の声とたくさんの足音。薄らと目を開ければ、ぴかぴかと遠くで何かが輝いている。
「なに……?」
タントはゆっくりと起き上がると、眠っている間に様変わりした町を確かめるように一歩、また一歩とより光のある方へと進む。足に食い込む石の痛みや、飢えを訴える腹などは気にならなかった。
大通りにあったものは、極彩色の電飾に飾られ見違えた景色。薬物の作用では無い動悸、高揚に包まれ、まるで夢でも見ているような心地だった。
この景色がどこまで続くのか、確かめてみよう。
そんな好奇心に体を預けて走り出せば、光の筋がびゅうと後ろに流れてゆくのが楽しくて、自然と笑顔になれる。
「ふふ、あはは、は!」
風が心地良い。
頭上に浮かぶ月も霞むような煌めき。痛みも飢えも忘れてはしゃぎたくなる衝動。それがいつまでも続けば良かった。
彼が一歩を踏み出すごとに、足元の感覚が徐々におかしくなっていったのだ。硬いアスファルトを感じていたはずの足裏が、いつの間にか冷たくて柔らかな何かを踏んで、足取りが重くなる。
不思議に思って足元を見下ろすと、そこにはぬかるんだ泥が広がり、中から伸びる無数の手が悪意を持ち、蠢きながら足首を掴もうとしていた。
反射的に後ずさる。
「や、やだ……っ来ないで……!」
彼は泥を振り払い、走り出す。目の前に広がる光の町の中を、ただひたすらに。
今度は楽しさなんて微塵も無くて、ただ駆立てる恐怖のままに足を動かした。
走り疲れた少年は、荒い息を整えながら周囲を見渡す。もう悪意の手は何処にも居ない。
その代わり、白髪の青年が佇んでいた。
タントの姿を見て青年のつり上がった目が不思議そうに瞬く。
「どうしたの?お前、迷子?」
リボンのあしらわれたフォーマルな白の衣装は清潔で、とてもスラム街で生活している人間には見えない。
「え、っと……」
「あっちでサーカスやってるんだ。一人で居るなら付いてくれば?」
「サーカス……?」
初めて聞いた言葉にタントは首をかしげた。
「そう、サーカス。楽しいショーがたくさんあるよ。綱渡り、空中ブランコ、魔法みたいな光のパフォーマンス、行ってみたらきっと気に入るはずさ」
タントは迷った。目の前のこの人間を信用していいのか分からない。
それでも、何かに惹かれるように、心のどこかで「行ってみたい」という思いが芽生えているのを感じた。
「……行ってみたい」
タントは小さな声でそう答えた。
「決まりだね」
青年に差し出された手をそっと握り、歩き出した。
しばらくすると、紫の布で作られた大きなテントにたどり着く。その入口には輝く看板が掲げられており、時折点滅しては色を変えていた。
「……ここが、サーカス?」
タントが呟くと、青年は楽しそうに頷き、テントの布をそっと持ち上げる。
テントの中は広々としていて、ずらりと並んだ観客席が舞台を囲み、舞台の上では個性豊かな衣装を着た団員達が様々な演目を披露しては意見を交わし合っている。
彼らの人間離れしたパフォーマンスの一つ一つが新鮮で、気が付けば現実を忘れてその美しさに夢中になっていた。
「……すごい、夢みたい……」
「気に入ったみたいだね」
青年に手を引かれて舞台へと近付く。すると、魔女帽子の少女がこちらに気が付き、駆け寄ってくる。
「シュル!またどっか行っとったんか……あれ、なんやそのボロ雑巾みたいなんは」
「サーカスに興味があるみたい。うちで面倒みれないかな?」
「ふうん……」
タントは少女の値踏みするような視線から逃れるように青年の後ろに隠れる。
その時、くうう、と間の抜けた音が腹から鳴った。
「……ごめんなさい」
「よし、そろそろええ時間やし飯にするか!自分も食べていきい」
少女が踵を返しそのまま舞台裏へと消えて行くと、様子を伺っていた団員達がぞろぞろとやってくる。
「なになに、新入り!?ちっちゃ〜い!」
「わ、」
上から伸びる手にタントは思わず身を強ばらせるが、うさぎのような少女はニヤリと笑うと彼を優しく抱き上げる。
心地の良い浮遊感と、すぐ傍にある温もりの安心感。それは、彼が忘れていた筈の感覚だった。
「栄養状態がよろしくないですね。栄養のある食べやすいメニューにして頂くようウチに相談して来ます」
白髪の女性はタントのボロボロの服から伸びる細い手足を見ると魔女帽子の少女の後を追い、その後ろから大柄の男女が現れる。
「出来上がるまでご本でも読みましょうか?」
「待て、先に風呂に入れた方が良いだろうよ」
「言われなくてもそうするさ。レプス、そろそろ下ろしてやって」
「は〜い。またね、ちびっ子くん!」
レプスと呼ばれていた少女はゆっくりとタントを下ろすと軽く手を振って舞台へと戻って行き、大柄の男女も彼女に続いた。
タントは白髪の青年を見上げると、青年もまたタントを見た。
「お前、名前は?」
「……タント」
「俺はシュル。タント、おいで」
シュルに連れられたのは、舞台裏にある小さなシャワールームだった。
「ぶかぶか……」
「文句言わないで」
シャワーで汚れを洗い流し、煤汚れた肌は白く、べたついた髪は柔らかな感触へと変化した。指先や頬のほかほかとした温度、肌に触れる衣服の滑らかさ、ドライヤーの心地よい風に思わずうっとりと目を細めて居れば、シュルは微笑ましそうに笑った。
「お風呂の次はご飯だね」
心地の良さに寝入ってしまいそうな頃だった。シュルはそう言って立ち上がると、タントの手を引いて再び歩き始める。
用意された服はタントには少し大きく、ズボンの裾を踏んで転ばないように歩くのが精一杯だ。
「何の匂い?」
いつの間にか辺りには美味しそうな匂いが漂っていて、再びお腹がくうと鳴る。
「多分シチューだね」
「しちゅー?」
「食べてみればわかるよ」
そのまま広い食堂へと案内されると、そこにはサーカス団の仲間達がすでに集まっていた。
シュルはタントをひょいと持ち上げるとテーブルの高さに合うようにクッションを重ねられた椅子に座らせる。
テーブルの上には具沢山のシチューや柔らかそうなパン、こんがりと焼かれたお肉が並んでいて、タントはごくりと生唾を飲んだ。
何をしたらこれを食べても許されるのか、限界に達した空腹感に乞うように隣を見れば、そこには白髪の女性が立っている。
「始めは消化に良いものを少しづつ食べていきましょうね」
「ボクが食べてもいいの……?」
「ええ、少しづつ胃腸を慣らしていきましょう」
優しい微笑みと目の前に置かれたスープ皿に体は限界まで飢えていた事を思い出し、がむしゃらに食べ始めた。
口の中いっぱいに広がる優しいクリームの味。まろやかな甘さの中にある絶妙な塩気。柔らかく煮込まれた野菜はほくほくとしていて、口の中でほろりと崩れる。旨みの詰まった鶏肉も柔らかく、しっかり付けられた下味の主張が程よく感じられた。
これならばいくらでも食べられるように思えたが、縮んだ胃ではすぐに満腹になってしまった。
「いっぱいおいしかった……!」
「イヒヒ!ええ食べっぷりやったで!」
「カトラリーの使い方を教えてやらねばならんな」
「あら……お口の周りが……」
「私が拭いてあげようか?それとも自分で出来る?」
「できる!」
「ふふ、ではこちらのナプキンをお使い下さい」
渡されたナプキンでごしごしと口の周りを拭ってみせれば、様子を見ていた団員達は満足そうに笑った。
夜が更け、サーカス団員たちが一人また一人と眠りにつく中、タントとシュルはふたり舞台の中央に立っていた。天井から吊るされた照明が今は暗闇の中で静かに光っている。
「サーカス……」
その響きが、まだ完全に馴染んでいない言葉だと感じながらも、心のどこかでこの場所に居たいと思っている自分がいた。幻覚幻聴の恐怖も、路地裏の絶望も、今は遠い過去のように思える。
「……ボク、ここに居たい。ボクにもここで何かできるのかな」
タントが小さくそう呟くと、シュルは小さな手を握りしめた。
「タントがしたいことを見つけたらいいよ」
「……!」
「わっ、何、急に」
「なんとなく!ぎゅーっとしたくなっただけ!」
「ふ、何それ」
背を撫でる優しい手。穏やかな静けさに体の緊張が解けてゆくのが分かる。
これが夢なら、どうか覚めないで。そう願って瞼を閉じた。
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「次の日も、また次の日も、おなかいっぱいであったかくて、みんな優しかった!」
更にその次の日は、みんなのリハーサルを見たの。
レプスがたくさんいろんなこと教えてくれて、ボクもやりたいって言ったらちょっとだけだけどお手伝いさせてくれた!
買ったばっかりの服が血まみれになっちゃったからかな。シュルは悲しそうな顔してた。
「ボクはタント!怪獣だよ、がうがう!」
たくさんいっしょに居たいんだ。みんなの事、だいすきだから!
