舞台はこの地球に残る数少ない栄えた街の一つ。そこにはその街の王すら跪かせる、性別すら超越した色香を纏う男がいた。彼は享楽の為に羽ばたき、誰の指にも留まらぬ女王蜂。その魔性の美しさに、誰もが彼を求めては破滅へと堕ちてゆく。

 

 

「思い出したわ、剤と話した時にウチらも見た人がサーカスの魅力が分かるようにビデオ回そうやってなったんよな」

「勿論僕は閲覧済みだとも!新たなスターの誕生を感じさせる輝かしい映像だった! 今とはまた違う君の初公演が見られる貴重なビデオでもあるからね。髪の長い姿も素敵だったよ、もちろん今の君も素敵だけど!」

デリックは興奮した様子で剤に満面の笑みを向ける。彼の言う通り、かつての剤は美しい白髪を腰まで伸ばしていたのだ。

「ふふ、ありがとうございます。髪に関しては彼の後にタランテラが話してくれるでしょう」

その言葉に次の話者である四番目の団員、クイーンビーに皆の視線が集まる。

「ああ、クイーンビーには助けられたね、正直ダメかと思ったよ」

「今から私が話すと言うのに、口の締まりが悪いようだなチェリーボーイ」

シュルはびくりと肩を震わせると、クイーンビーから視線を逸らす。彼はその反応にくつくつと笑うとワインを傾けた。

「良い、その反応に免じて許してやろう。……羽音も鎮まった事だ、話を始めよう」

 

 

女性的な衣装に二メートルを超える巨躯を包み、鋭いヒールを鳴らしながら歩く。

その姿に騒がしくしていた筈の人混みは声を失い、すらりと長い脚が伸ばされれば二つに割れて道を開き、人々は彼の残された鮮烈な色香の余韻に惚けながら遠ざかる後ろ姿に思いを馳せるのである。

男の名はグレース・ヴィクトリア=レヴィモンド・クイーン。通称、クイーンビー。

彼はバーのカウンターで足を止めると、金髪の美しい女の隣に着席した。

女は彼を見るなり上機嫌そうに目を細め、二枚の紙切れをテーブルに滑らせる。それは、“Black widow センター席”と書かれたサーカスのものらしきチケットだった。

クイーンビーがチケットの方を見やる仕草に、彼の興味を引けたらしいと考えた女は「手に入れるのに苦労したのよ」と一層嬉しそうに微笑む。

「嫁に入るのでは無かったのか?」

彼の言葉のとおり、女の口元を隠すの左手の薬指には婚約指輪のダイヤが光っていた。しかし、女は負けじと声を甘くすると彼に擦り寄るように首を傾ける。

「持つ前に、貴方と過ごしたいの」

「嫁入り前の女がこんな紙切れで私の気を引こうとするか」

「おかしいかしら?」

「いいや。貴様のような女は山ほど見てきた」

こんなもの、ありふれている。全く、ショーの前だと言うのにつまらない駆け引きに時間を取られたものだ。クイーンビーはため息を一つつくと、テーブルに置かれた自分の分のアルコールを下げるように言った。そして眉を釣り上げると女の方を見る。

これからは私は絶望に突き落とされる。それが分かっていながらも、女は彼の言葉を待たずには居られない。

「私と夜を過ごしたいのならば、貴様の未来くらい差し出してみろ」

彼はそう言い終わると席を立ち、キャスト用の控え室へと入るとショーの準備を始めた。

 

ショーとは言っても、クイーンビーが披露するパフォーマンスは音楽でも舞踏でもない。彼が行うのは加虐嗜好、あるいは被虐嗜好者の内なる欲望を満たす、倒錯的なプレイを観客に見せるSMショーである。彼が身を置くこのバーもSMを題材としたバーで、この街の富裕層の娯楽として週に何度かのショーを行っていた。

クイーンビーは多くの場合支配者たるSの役として出演し、鞭や蝋、縄を使った加虐から、玩具を使った性的なパフォーマンスまで幅広く行われるプレイは、同じ加虐嗜好者でも舌を巻く妙技として人気を博していた。勿論、ショーの最大の魅力はそれを行うクイーンビー自身の全てであることは言うまでもない。

彼はこのバーでも一番の人気であり、ショーを終える頃にはステージの上は多くの謝礼で溢れる。それが常であったが、今日は珍しいものが目に留まった。

血に濡れた、小さな包み紙。それを開いた彼は、愉快そうに小さく笑い声を上げ、観客席に目をやる。そこには、左手の薬指を失った先程の女がいた。

彼女が何を言わんとしているか、彼がどう答えるか。クイーンビーの弧を描く唇を見れば明白であった。

 

よく調教された愛らしく従順な動物達。類稀な精神力をもってして行われる命綱無しの綱渡り。チャイナテイストの音楽に合わせて炎と踊る曲芸。

少人数の駆け出しのサーカス団にしては優れたパフォーマンスの数々に、傍らの女は失った指の痛みも忘れてクイーンビーの腕にしがみつくときゃあきゃあと歓声を上げる。

一方彼はというと、サングラス越しに見える景色をぼうっと眺めており、熱狂するには至らず、かといえ不興の様子もなく、ただ静かにその場を楽しんでいる。

同じパフォーマンスを行う立場である彼を退屈させない程度には、ショーは順調に進んでいた。

突如ブツリという音と共に照明が落ちるまでは。

 

「え、トラブル……?折角見に来たのについてな〜い……」

薄暗いテントの中、どよめき始めた観客達と不満を口にする女の声に交じって微かに話し声が聞こえた。

「やばい!リモコン押しても反応しないんだけど!」

「……電源ごと落ちているのかもしれない」

「確か倉庫に予備電源があったはずや」

「最後に掃除を担当したのは私ですが、機械には疎く……どれが予備電源なのかはわかりませんでした」

内容から察するに、サーカス団員達の会話だろう。

この私が見に来ているにも関わらずこのようなトラブルに見舞われるなんて。クイーンビーは僅かに眉を顰めた。

「ウチと剤は倉庫で予備電源の捜索。レプスは照明のある支柱まで行って再起動を試す。シュルは時間稼ぎや。じゃ!」

「え?どうやって……?」

「うーん。踊る……とか?パーティーライトあったやろ、それ使い」

程なくしてステージの上は紫、緑の小さな光達で照らされる。

きっと個人用で使われているものなのだろう。舞台用と言われるにはお粗末で、光はステージ全体を照らすには心許ない。

果たして舞台の端で一人立ち尽くしている少年が、この状況下で観客を満足させるパフォーマンスが行えるだろうか。

見たところ、その可能性は無に等しい。

支柱の方では見え辛い位置に設置されているハシゴを少女が登っているが、照明の取り付けられている高所まで辿り着くには時間がかかりそうだ。

このままでは客の不安は募るばかり。

「クイーンビー?ちょっと、どこ行くの?」

女が彼を追うようにして伸ばした手は届かず空を切る。

席から立ち上がったクイーンビーは真っ直ぐに舞台の端にいる少年へと近付くとこう言った。

「ポールと曲を用意しろ。私が時間を稼いでやる」

 

カツン、カツン。

鋭いヒールで地面を蹴る音と共に、クイーンビーは舞台へと上がる。

観客達は一人、また一人と彼に気が付き、どよめく声は歓声へと変わった。

「只今機器の不備によりショーを中止しております。しかし、何という幸運か、客席からの助け舟!我々に用意させたのはポールのみ。彼は一体何を見せてくれるくもりなのでしょうか?再開までの暫しの間、お楽しみ下さい」

アナウンスと共に、ゆっくりと音楽が流れ出す。

彼が羽織っていたコートを脱ぎ捨てると、衣服越しに鍛え上げられた身体が闇の隙間から垣間見えた。

あらわにならないもどかしさはかえって情欲を煽り、立ち上がった人々がステージの下へと押し寄せる。彼は胸、腰、脚と、肉付きの良い豊かな曲線美へ指先を這わせたかと思えば、次はポールを撫で上げ、しっかりと握りしめるとそのまま空中へと舞い上がった。

腕の力のみで身体を支えたまま長い脚を開き、時に腕や脚をポールに絡ませながらスロースピンを描く。その動きは洗練されていて、自由で優雅で美しく、まるで翅が生えているかのように重力を感じさせない。

やがて音楽がクライマックスへと差し掛かったその時、スポットライトが彼を照らした。どうやら、照明の機材トラブルは何とかなったらしい。

ようやくか、と彼は口角を上げるとポールを伝い、見せつけるようにゆっくりと降りてゆく。

ふわりと髪が舞う。しなやかに身体が伸ばされ、汗ばんだ肌が輝く。光の下、神秘さえ感じられる美と官能に観客達は息を呑み、その一挙一動を目に焼き付けようと瞬きすら惜しんだ。

曲が終わると同時に、クイーンビーは地面に降り立つ。深く礼をすると、観客の拍手と歓声が一斉に沸き起こり、彼は満足げに微笑む。

 

「自分どこのもんや?さっきの舞台、見事なもんやった」

声の方へ振り向けば、いつの間にか魔女帽子の少女が後ろに立っていた。まだ若いが、このサーカスを取り仕切っている様子からおそらく団長なのだろう。クイーンビーは店の名刺を取り出す。

「ああ、名乗り忘れていたな。私はこういう者だ。方法は違えど貴様らと同様に客に娯楽を与え、欲を満たす仕事をしている」

名刺を見た少女はニヤリと口角を上げ、自分よりもずっと大きい男を見上げると澱んだ紫の目を細めた。

「このままウチのサーカス団に入れ。此処なら自分の元いた場所の何倍も輝かせたる。だって、ショーは過激な方がええやろ?」

「自信は結構、貴様の思想にも共感を示そう。……けれども残念、あのようなショーでは私の心は惹かれなくてな」

齢十五程の少女にしては結構な言葉だが、それだけだ。所詮は身の丈を知らない野心があるだけのただのサーカス団。そう思っていた。

「イヒヒ!そうかそうか。でもなあ、ショーはまだ終わってへんで!」

彼女はそう言うと、マイクを持ち高らかに告げる。

「いままでの当公演はただの余興です!今から最後の演目をお見せしましょう!……さあ、そこのお嬢さん。どうか私の手を取りコチラまで!」

スポットライトが当てられたのは、クイーンビーにコートを手渡そうとタイミングを見計らっていた女だった。

 

照明が切り替わり、テンポの良いエレクトロスイングが流れ出す。

「私は何をしたら良いのかしら?」

「何も。そのままで結構です!ああ、皆さんは手拍子をお願いします!」

少女は団員から大きなフラッグを受け取ると、片手で女を踊らせながらもう片方でバトントワリングを披露する。

器用なものだが所詮は即興劇に過ぎず、クイーンビーの舞台の後では見れたものではない。当然、手拍子をする者など居なかった。それでも少女は自信満々に踊り続ける。

観客の女を連れて舞台に立つ、その狙いは何なのか。それを探るべく舞台を見ていると、不意に少女と目が合う。

彼女は先程と同じニヤリとした微笑みを浮かべると、くるくると回したフラッグの先端を女の方へと向け、槍のように尖った先端で女の腹を貫いた。

女の絹を裂くような悲鳴が響き渡る。

「か……はっ……、痛い……ッ……あああッ!!」

事故か故意か。思案させる暇もなく、しんとした観客達に少女は呼びかけた。

「……手拍子!」

有無を言わせないその様子に、手拍子の音は少しずつ大きくなる。

それを確認した少女は床へと崩れ落ちた女の髪を掴んで引き寄せると、先程と変わらぬ様子でフラッグを操りステップを踏み始めた。

抵抗する女に足首を掴まれれば回転させたポール部分でその手を折り、立ち上がろうとすればその足を刺す。腹に空いた風穴へと手を埋め、引きずり出した臓物と共に舞い踊る。

苦痛に髪を振り乱し、助けを求めて舞台の上を転がり回る女を助けようとする者は誰一人として居ない。

少女の蹂躙が嗜虐の域を超えている事は、誰もが分かっている。それでも、社会的に正常な思考を、理性を失わせる程の気が狂うような興奮に、抗える人間は居なかった。

少女がフラッグを振るう度に血液や臓物が飛び散り、女のうめき声が響く。その度に観客の手拍子は増していき、まるで一体となったリズムが生き物の心臓の鼓動のようにも聞こえた。

そんな狂騒が最高潮に達した時、少女はスポットライトを連れて虫の息となった女に跨ると、口にフラッグの先端をねじ込む。

「ご紹介が遅れまして誠に申し訳ございません!最終演目はウィッチ・ゼロトリーの虐殺ショー。皆様長らくのご観覧ありがとうございました!さあ、絶命まで、三、二、一!」

観客達の目は舞台に釘付けとなり、興奮が熱気となって充満する。じりじりと肌を刺すような熱狂の目に少女はこれ以上の無い笑顔を浮かべるとフラッグに全ての体重をかけて押し込んだ。

 

観客席から立ち上がり、拍手をする男がいた。

彼は長い足を伸ばして血濡れの舞台へと歩み寄り、悦楽に蕩けた美しい顔を少女に向けると、血に染まった小さな手を掴む。

「こんなに興奮を覚えたのは初めてだ! 狂気を孕んだ最低で最悪な……素敵なショーを見せてくれた事をここに感謝しよう。先程の提案、是非乗らせていただこうか」

クイーンビーが価値を見出したのは、嗜虐の更に先の悦び。

暴虐の果てに唯一無二の命さえ奪い去ってしまえたら、どれ程気持ちが良いだろうか、なんて期待を抱きながら、よくも最低最悪を語れたものだ。

彼の思惑も知らない少女は歓喜に満ちた瞳を輝かせると、手を握り返し満足気に頷く。

「ようこそBlack widowへ。貴方を歓迎致します。皆様、新たな団員に拍手を!」

彼はサングラスと帽子を外すと観客席と団員のいる舞台脇に一礼した。

 

 

「ふふ、私の初めてを奪ってみせたのだ。それなりの返礼を尽くすのが礼儀というものだろう?」

私を誘ったのは、ただ舞台に立つだけでは味わえない、甘く刺激的な蜜。

過激なショーを行うスリル。加虐、あるいは被虐の悦び。

そして、相手の最期の一時を奪い去る特別感。

 

「私の名はQueen bee。この場を仕切る女王様」

私はようやく、欲を満たすに足る存在に出会えたのだ。